若い世代は都市部に集まり、リタイアした世代が田舎に移り余生を過ごすというのが、これまでオーストラリアを含め世界で多く見られるパターンだった。しかし今、その構造に大きな変化が起きていると報じられている。

オーストラリアで見られる新たな移住パターンとは、若者の都市離れだ。最近、大都市を離れ、田舎に移住する若い世代が急激に増えているという。研究者が「e-change」と名付けたこの現象が、なぜ起きているのか、その背景を探ってみる。

タスマニアに移住する最大グループは35歳以下世代


タスマニアとサンベルトへの移住者の年齢分布

オーストラリアではベビーブーマー世代のリタイア後の移住先として、タスマニア島やニューサウスウェールズ州北部のサンベルトと呼ばれる海岸沿いなどが人気を集めてきた。移住先に海辺の街が選ばれることが多かったため、移住者は「Seachanger」と呼ばれ、そのライフスタイルはリタイア世代のモデルとして認識されてきた。

しかし最近、これらのエリアに移住してくる年齢層が、大きく変化しているという。研究者たちがタスマニアに移住してきた人の年齢を5歳ごとに区切って分析したところ、最も多かったのは25歳~29歳の人口グループで全体の約14%を占めた。

さらに2番目に多かったのは20歳~24歳のグループ、3番目は30歳~34歳のグループで、合わせると20歳~34歳の移住者が全体の35%以上を占めていた。

この傾向はサンベルトでも全く同様で、20~34歳の移住者が全体の約33%を占めていた。

さらに移住者が元々住んでいた場所を調べると、主にメルボルンやクイーンズランドからタスマニアへ、主にシドニーやニューサウスウェールズからサンベルトへ、というように大都市圏から若者層が流れてきていることがわかった。

住宅価格の高騰や交通渋滞により都市部のQOLは低下中

日本と同様、オーストラリアでも大都市圏への人口集中が進み、住宅価格の高騰や交通渋滞の悪化といった弊害が深刻化している。若い世代がシドニーやメルボルンの通勤圏で家を買うことは、ほぼ不可能な価格水準だ。

さらに都市部への通勤時間は史上最長を更新しており、それが仕事や生活への満足度を引き下げる要因となっている。都市部で暮らす多くのオーストラリア人が、長時間の通勤によって、家族と過ごしたり、自分の趣味や交流に充てる時間が削られることにストレスを抱えているという。

そんな都市部に対し、タスマニアの環境は非常に魅力的だ。住宅価格は割安で、生活コストが抑えられるだけでなく、自然豊かな環境で様々なアクティビティやグルメも充実している。リタイア後の移住先として高い人気を誇ってきたのも納得の条件である。

これまではキャリアと田舎暮らしの二者択一を迫られる状況

都会でのストレスフルな生活から逃れ、田舎に移住してシンプルな暮らしを追求するという現象は数十年前からあり、決して珍しいものではない。しかしこれまでの場合、都市部から地方に移住することは、暗に「それまで築いてきたキャリアを捨てること」も意味していた。

少し前のデータを見ると、オーストラリアでは2011年から2016年の間に40万人以上が、大都市から地方へ移住をしている。中でも一番多いのがシドニーからの流出である。

この時の移住層の主流は60歳~69歳のリタイア組と、子育て中の30歳~39歳世代だった。子育て世代の中でも、子どもに静かな環境でシンプルに暮らす経験をさせたいという親としての思いが、自分のキャリアへのこだわりを上回った人たちが、地方への移住という決断をしていたと推測される。

一般的に最も居住地の流動性が高いのは20歳~29歳と言われるが、2011年~2016年の時点では、この世代が都市部から田舎へ移住する動きは目立っていなかった。

タスマニアやサンベルトの生活環境の魅力と、大都市でしか得られない仕事のチャンスやキャリアを天秤に掛けた時に、後者の方が大きなインパクトを持っていたからだ、と研究者らは分析している。

リモートワークにより魅力的な仕事と田舎暮らしの両立が可能に

ではなぜ直近の数年間で、タスマニアやサンベルト移住者の最大勢力が、20歳~34歳にまで引き下がったのか。その理由として挙げられるのがリモートワークの普及だ。実際にこれらの地域に移住してきた若者世代の多くが、リモートワークで生計を立てている。

業務用チャットやビデオ会議システム、タスク共有アプリ、さらにはテレプレゼンス・ロボットなど様々なITツールが開発された現在では、オフィス以外の場所でも支障なく働くことが可能となった。

仕事のコミュニケーションの多くがデジタル上でなされるようになり、同じ場所で直接顔を合わせることよりも、むしろデジタル上で「オンライン」であることの方が重要になってきたのだ。

オーストラリアの企業でもリモートワークを前提とした変革が進んでおり、業務上の役割を果たすことができればシドニーやメルボルンに住む必要はないという認識が広まっている。

リモートワークの普及により、田舎への移住とキャリアの追及は、もはや二者択一のものではなくなった。都市部で築いたキャリアを継続しながら、都会の喧騒と物価高を逃れた環境でQOLの高い生活をすることが可能になったのだ。

研究者たちは、ITにより可能になったこの移住を「e-change」と名付けた。さらに従来の移住者の呼び名「Seachanger」をもじって、新たな若者世代の移住者を「e-changer」と呼び、その行動や影響について追跡を続けている。

オーストラリアのe-changeはまだ始まったばかりだが、既にe-changerは移住先の地域に変化をもたらしている。

例えば彼らのリモートワーク拠点として、コワーキングスペースの需要が高まり、これまで都市部にしかなかったコワーキングスペースが、オーストラリアの小さな海岸部の街や地方の街にも凄まじい勢いでオープンしている。

リモートワークで先を行くアメリカでは、大都市圏から離れた小さな市や町が、地域活性化策としてリモートワーカーの移住受け入れキャンペーンを行う事例が見られる。例えばリモートワーカー向け住宅補助、コワーキングスペースの無料利用、さらには移住インセンティブとして数千ドルを現金で支払う例もあるという。

デジタルテクノロジーの進化とリモートワークの普及により可能になった、若者の「都会的な仕事」と「田舎暮らし」の両立。都市部への人口集中と地方の高齢化・過疎化という、多くの国が抱える社会問題の解消にもインパクトを与えるかもしれない。

文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit