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高まる自然災害リスク、都市はスマートよりも「レジリエント」が重要に
森林火災で甚大な被害が出たオーストラリア。森林火災のピークは過ぎたようだが、今度は一部で大雨による洪水リスクが高まっているとの報道がある。
英国では2020年2月、暴風雨「キアラ」と「デニス」が猛威をふるい、洪水や土砂崩れを発生させ、大規模な被害をもたらした。
暴風雨「キアラ」で河川が氾濫した英ヨークの街(2020年2月11日)
また、北米・中南米ではこのところハリケーンの強度が増しており、毎年大きな被害が発生している。
これまでにないような規模と頻度で自然災害が発生するようになった世界。今後一層ひどくなるとの指摘やこれが「常態化」するとの見方もあり、自然災害に対する考えや行動を改める必要性が高まっている。
特に都市部の自然災害に対する脆弱性は非常に高く、何らかの改善策が求められている状況だ。
未来の都市に関して、これまでデジタル・テクノロジーを活用した効率的な都市「スマートシティ」を目指す動きが顕著だった。しかし、昨今の状況を鑑みると、スマートシティという視点だけでは、今後高まる自然災害の脅威に適応するのは難しいといえる。
自然災害の脅威が増大する世界においては、スマート(smart)であることよりも「レジリエント(resilient)」、つまり弾力的(回復力が高い)であることの方が重要になるかもしれない。
たとえば、大雨のときに雨水を貯水する池を持つことや河川が氾濫してもびくともしない橋を持つことなどが考えられる。サンゴ礁を管理・保全し、その防波機能によって高潮や洪水を防ぐというのも1つだ。
ハーバード大・都市デザイン講師のラディカルな都市未来像
こうしたアイデアは、各土地に長年住む先住民の知恵からヒントを得られることが多い。この知恵を自然災害に強いレジリエントな未来都市の構築に生かすべきと説くのが、ハーバード大・都市デザイン学科の講師を務めるジュリア・ワトソン氏だ。
2020年1月に発表した著書「Lo-Tek: Design by Radical Indigenism」 では、ワトソン氏が20年間世界各地を渡り歩き、各土地の先住民たちの生活環境や居住空間を観察し、建築家視点からそれらがいかに自然の変化に対応しているのかを分析・評価。
都市の持続可能性と自然災害への適応力を同時に高めなければならない時代において、有益なヒントを与えている。
同著の「Introduction(はじめに)」部分で指摘されている点は、都市デザインだけでなく、持続可能性やSDGsを考える上でも重要な示唆となるため心に留めておきたいところだ。
どのようなことが指摘されているのか。
「300年前、欧州の啓蒙思想家たちがつくりだした科学技術神話。ヒューマニズムや植民地主義、民族主義などに影響を受け、この科学技術神話は、世界各地の先住民やそこに伝わるイノベーションを『原始的(primitve)』と決めつけ、無視し続けてきた。
今日、私たちは少しずつ、その考えに取り憑かれていることに気づき始めている」。
人間中心になるがあまり、自然は調和するものではなく、コントロールするものだとの考えにつながり、鉄鋼やコンクリートを生活環境や居住空間をつくりだす際の中心的な素材として使うようになり、河川や湿地帯、森林、サンゴ礁を破壊。
その結果私たち自身の生活がリスクにさらされるようになった。先住民のイノベーションに目を向けるときがきたとのメッセージだ。
ワトソン氏は同著の中で、山岳、森林、砂漠、湿地に住む各先住民の事例を18個紹介している。
インド北東部、バングラデシュに近いアッサム州に住むカーシ族は、木の根っこを使い橋をつくる人々だ。複雑に編み込まれた木の根は、大雨にも絶える強度を持ち、豪雨が続くモンスーン時でも、人々はこの橋を渡って村を行き交うことができる。
ワトソン氏の分析によると、この木の根の橋を構築するには4段階のステージがあり、モンスーンにおける耐久度は人工建造物より高いとのこと。
インド・カーシ族が使う木の根の橋(Taschenウェブサイトより)
またイラク南部やチグリス・ユーフラテス湿原に住むマーダンの人々は、葦(ヨシ)をつかい、湿原に浮かぶ島と家を構築する術を持っている。世界中で浸水や海面上昇リスクが高まっているが、こうしたリスクに直面する都市にとってカーシやマーダンの人々の知恵や経験は一見の価値があるといえるのではないだろうか。
同著ではこのほか、インドネシア・バリ島の棚田、タンザニア・チャガ族のKihamba Forest Gardens、ネイティブ・アメリカンのズニ族のワッフルガーデンなどが取り上げられている。
デンマーク・コペンハーゲン、「ローテク」で自然災害リスク軽減へ
ワトソン氏は現在、中国深センの都市デザインに関わる提案に取り組んでいるという。深センは中国の中でもとりわけ急速に発展した都市。
もともと珠江デルタに位置する湿地帯であるが、発展の過程でそのほとんどを埋め立てたため、同都市の吸水能力は弱まっているとの見立てだ。洪水・浸水リスクを軽減するには、吸水機能を持った公園や湿地帯を増やすことが必要になる。
デンマークの首都コペンハーゲンでは、持続可能性を求める声と危機感の高まりから、上記のような「ローテク」な方法を使った対策が実施されている。
同市は、高まる洪水リスクを軽減するために、市内の公園を増設。これらの公園は暴風雨時には貯水池として機能する。洪水リスクを軽減する方法として一般的には、コンクリートを使った堤防や下水システムの拡充が実施されるが、これらに比べコストは30%ほど抑えられるとのことだ。
デンマーク・コペンハーゲンの公園
ローテクといっても、複雑なエコシステムを都市にどう組み込むかという問題を扱うため、その実は先端テクノロジーだ。ローテクという名の先端テックによって、都市はどのような変貌を遂げていくのか、その動向は今後も注目の的になるだろう。
[文] 細谷元(Livit)