2020年1月時点における日本大使館の数はいくつかあるか知っているだろうか。これまで151カ所だった大使館数は、同年1月1日に南太平洋の島諸国バヌアツに大使館が新設されたことで152カ所になった。

開設理由について日本外務省は、バヌアツには日本企業が進出するなど地域において重要な地位を占めているからだと説明している。

「ビーチリゾート」や「ダイビングスポット」のイメージが強いバヌアツ。一方、現在プラスチック利用禁止で積極的な動き見せ、「SDGs」や「環境保全」といった分野で注目を浴びはじめている。また、中国による軍港利用の可能性が報じられるなど国際政治においても関心の的だ。

南国の楽園バヌアツでいま何が起こっているのか。環境保全と国際政治の視点からバヌアツの最新動向を追ってみたい。


バヌアツ・エフェート島

1980年に独立したバヌアツの歴史と経済

南国リゾートとして知られるバヌアツだが、その歴史・文化・経済・政治について詳細を知る人は少ないかもしれない。

バヌアツにはもともとメラネシア人が住んでいたが、1606年にポルトガル人が上陸したことをきっかけに欧州諸国による植民地化が始まった。1700年代、キャプテン・クックの異名を持つ英国の海洋冒険家ジェームズ・クックによる調査が開始され、1774年に同地域はニューヘブリディーズと名付けられた。

しかしフランスも同地域の領有権を主張し英国と衝突することになる。その後1906年に両国は同地域を共同統治することで合意。

1960年代には世界各地で起こった独立運動の波がバヌアツにも押し寄せ、数回に渡り同地域でも分離・独立運動が起こった。しかし、どれもフランス軍や英国軍によって制圧され、失敗に終わっている。

バヌアツの独立が達成されたのは1980年7月30日、英連邦加盟の共和国として独立を宣言したときだ。独立時に誕生したのは社会主義を掲げるバヌア・アク党政権だった。

しかし、1991年世界中で起こった社会主義国家の崩壊を受け、同党代表のウォルター・リニ首相が解任され、総選挙を経て穏健諸党連合のカルロ氏が首相になり、国家連合党と連立政権を立ち上げる運びとなった。

直近では2016年に総選挙が実施された。得票率トップは、バヌア・アク党11.91%、次いで穏健諸党連合が9.73%、土地・正義党が7.41%、国家連合党が5.48%という結果になった。その他にも多数政党があり、それぞれ1〜5%の得票率を得ている。

現在のバヌアツ人口は27万人。国土面積は1万2,000平方キロメートル。いま話題のレバノン(1万平方キロ)やカタール(1万1,000平方キロ)と同等の大きさだ。

バヌアツ経済を支える産業は主に農業、観光、オフショア金融、酪農の4つ。特に観光産業の役割が大きい。国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、2013年のバヌアツGDPに占める観光産業の割合は65%(442億バツ)。

すでに経済の大部分を占める観光産業だが、現在も成長を続けており、2024年にはGDP比70.9%に達する見込みという。

世界一厳しいプラスチック利用禁止ルールを持つバヌアツ

バヌアツは近年国内で脱プラスチックの動き加速させている。この取り組みはさまざまな国際メディアに取り上げられ、多くの人々の注目を集めるようになっている。

2019年8月にはBBCがバヌアツの脱プラ取り組みとその効果を紹介。2018年にプラスチックストローと発泡スチロールの利用を禁止したことにとどまらず、2019年12月にはすべての使い捨てプラスチック(single-use plastics)を禁止リストに加えると報じた。

同国で脱プラスチックの動きが加速し始めたのは2017年頃。

地元メディアDailyPost紙2017年8月1日の「Plastic Ban」と題された記事では、バヌアツ政府が脱プラ取り組みの本格化を決定したことが報じられた。同紙によると、バヌアツのサルウェイ首相は、再利用できないペットボトルやレジ袋の輸入を禁止する意向を明言したのだ。

その後、議会でプラスチック利用禁止法案が可決され、2018年1月に第1弾が発効。利用禁止対象には、レジ袋、ポリスチレン製の持ち帰りボックス、プラスチックストローが盛り込まれた。


バヌアツ地元市場で売られている枝編み細工のバッグ

2019年12月1日には第2弾が発動。果物や野菜に使われるプラスチックネット、プラスチック製の卵箱、プラスチック製のスプーン・フォーク、ポリスチレン製のコップなどが利用禁止対象に含まれている。

こうした一連の取り組みでBBCやハフポストなどはバヌアツを「プラスチック利用に関して世界で最も厳しい規制を持つ国」と称している。

ただし、DailyPost紙が報じるところでは、首都ポート・ビラやルーガンビルなど同国主要都市においては、レジ袋利用禁止の効果が明確にあらわれているものの、郊外では依然としてレジ袋利用は続いているという。

バヌアツの脱プラ取り組みの本格化は、周辺国にも影響を与えているようだ。2020年1月1日には、フィジーでレジ袋利用が禁止されたほか、1月31日にはパプアニューギニアでも使い捨てプラスチックの利用が禁止される予定だ。

増大する中国の影響力、バヌアツ国籍取得する中国人も増加

バヌアツは、SDGsや環境分野の取り組みで注目される一方で、国際政治でも関心度が高まっている。

英連邦の加盟国であり、これまでオーストラリアやニュージーランド、欧州との強い関係を持っていたバヌアツだが、このところ資金援助を通じて中国との関係が深化しており、同国の港が中国人民解放軍に利用されるのではないかという懸念が増大しているのだ。

オーストラリア新聞The Ageの2018年4月10日の記事によると、バヌアツ政府は現在4億4000万ドルの債務を抱えているが、その半分は中国による貸付けであるという。

バヌアツの債務返済が難しい場合、スリランカと同じように、港を長期間貸し出すことにもつながりかねないとの懸念の声が上がっているという。

2019年11月には地元メディアDailyPost紙のカナダ人記者ダン・マクギャリー氏が、同国で増大する中国の影響力に対し警鐘を鳴らす記事を相次いで発表したところ、労働ビザが取り消されるという事態が発生。

マクギャリー氏はツイッター上で、中国の影響力が増大していることを国民に知られたくない政府当局によって労働ビザが取り消されたとの主張を展開。

これはバヌアツ最高裁で争われる事態に発展したが、2019年12月18日に政府によるマクギャリー氏のビザ取り消しは法的根拠がないとの決定がなされ、同氏は無事バヌアツに戻ることができた。

バヌアツ政府はマクギャリー氏のビザ取り消しは事務手続き上のものだと説明しているが、同氏が主張するように政治的な動機があった可能性は排除できないだろう。


バヌアツ首都ポート・ビラ

バヌアツはこのところ国籍販売ビジネスを展開し、多くの中国人がバヌアツ国籍を取得していることが話題になっている。中国抜きには、バヌアツの政治経済は語れなくなっているのかもしれない。

日本大使館開設によって日本の関与が深まることも想定される南太平洋の小国バヌアツ。環境分野での先進的な取り組み、そして国際政治における立ち回り、今後の動きから目が離せない。

[文] 細谷元(Livit