世間のウェルネスに対する注目が高まるにつれて、性的な充足にも関心が寄せられるようになってきた。マーケット分析を行うAriztonは、セクシュアル・ウェルネス市場は2019年から年平均7%の割合で成長し、2024年までに77億USドル(約8,400億円)に到達すると予測する。

本稿では女性の性に対するイメージをよりクリーンで、オープンなものにすべく奮闘する女性起業家によるセックステックブランドと、本年度のCESでお披露目された最新テクノロジーを紹介するとともに、今後のセクシュアル・ウェルネスの動向を考察する。

アワード剥奪&出禁から返り咲いたバイブレーダーブランド

今年1月7日から10日までアメリカ・ラスベガスで開催された世界最大級のコンシューマー向け電化製品の展示会であるCESでも、セクシュアル・ウェルネスがよりポピュラーになりつつある事実を裏づける出来事が起こった。

オレゴンベースのセックストイブランド「Lora DiCarlo」が手掛けるのは、ハンズフリーで使えるマッサージ機。最初に発売された「Osé」はGスポットとクリトリスを同時に刺激し複合的なオーガズムに導くよう設計されており、2019年11月にプレリリースした際には発売後わずか5時間で年間の売り上げ目標を達成したという逸話もあるほど世間の注目を集めたアイテムだ。


Lora DiCarloのアイテムラインナップ

Lora DiCarloと聞いて思い出されるのが、2019年CESでの「アワード剥奪&出禁事件」だろう。同社が前述のOséを発表し賞にエントリーした際、CESの運営団体である「Consumer Technology Association(CTA)」は「Lora DiCarloの製品は我々の設けるカテゴリのいずれにもフィットしない」とし、もともと内定していたイノベーションアワードを「運営の誤判断だった」という理由から受賞を取り消したのだ。

しかし、会場の他ブースにはセックスやウェルネスに着目した多くのテクノロジーが展示されていた。2017年にはバーチャルポルノを展示した実績があるし、2018年には男性向けのセックストイロボットやローションなどセックス関連アイテムも多く見られた。

多くのセックステック領域の企業には出展権を与えながら、Lora DiCarloに対しては「インモラルで品性に欠ける」とし、出禁まで言い渡したことになる。その後、2019年5月にはCESのポリシーをアップデートした上で同社に謝罪し、再び賞を与えているが、この件は間違いなくCTAがCES史上に残した汚点である。

「女性の性的な悦びはイノベーションに値しないのか」とCEOのローラ・ハドック氏が憤慨した、その屈辱的ともいえる出来事から1年ーーCTAは2020年のCESにおいて、セックステックスタートアップの出展と賞のエントリーを、健康のカテゴリーで1年間限定で試験的に認める方針を発表した。そしてLora DiCarloは新たに2つのアイテムを引っさげて再び出展し、見事悲願のアワード受賞を達成した。


今年のCESでのハドック氏

同社が今年発表したのは、「Baci」と「Onda」の2つ。Lora DiCarloのアイテムはいずれもマイクロロボティクス技術を使用し、人間の手、舌、唇の動きをリアルに再現しているのが特徴だ。新商品のOndaはGスポットを、Baciはクリトリスを刺激するのに特化したアイテムだという。

「女性の性はタブーではない。セクシャルヘルスに気を配ることは健康に気を配ることと同じ」とハドック氏はLAS VEGAS REVIEW-JOURNALに語る。彼女のような女性起業家の奮闘もあり、女性の性に関する世間のイメージが徐々に変わってきているのを感じる。そのことは今回のCESでの同社のイノベーションアワード受賞がすべてを物語っている。

「音楽を楽しむようにセルフプレジャーを楽しもう」

もう一つ、本年度のCESで突き抜けたメッセージを発し、Lora DiCarloとともに存在感を放っていたブランドがある。ニューハンプシャー州を拠点にセックステックの研究開発を行う「OhMiBod 」だ。

同社が初めてCESに出展したのは2010年と、同イベントの常連でこの業界のパイオニアともいえるブランド。当初からApple社のiPodと連携させて音楽とともにマスターベーションをするという革新的なアイデアを打ち出し、性的な快感をより身近に日常のものにすべく他にもさまざまなアイテムをリリースしてきた。

そして「音楽を楽しむようにセルフプレジャーを楽しむ」という同社の理念は、テクノロジーの進化とともにさらにアップデートされたガジェットとして今年のCESでお披露目された。今回発表されたのは、同社の人気商品の三世代目にあたる「blueMotion NEX|3」。


OhMiBodの今年のCESでのブース。SPYの選ぶBEST OF CES 2020にも選出された(同社の公式Facebookページより)

付属のコックリングをBluetoothでスマホやスマートウォッチと連携させ、離れているパートナーともお互いを近くに感じながらマスターベーションできるというアイテムだ。

ちなみに本アイテムの一世代目と二代目は女性器への使用を目的として作られたバイブレーダーで、今回「blueMotion NEX|3」が揃ったことで、男女カップルは離れていてもお互いのデバイスを遠隔操作しながらマスターベーションを楽しめるようになった。


blueMotion NEX|2の使い方

OhMiBodはスキ・ダンハム氏とブライアン・ダンハム氏のカップルによって創業されたブランドで、カップルのセックスライフをより充実させるアイテムもあるが、女性のマスターベーショントイも充実しており、高い評価を得ている。

たとえばケーゲル(骨盤底筋)を鍛えるための「LOVELIFE KRUSH」は、スマホと連動させて使用するバイブレーダー。骨盤底筋は、骨盤の底で膀胱や子宮などが下がらないように支えている筋肉群で、妊娠や出産、加齢、ホルモンのバランスなどにより骨盤底筋がゆるみ収縮する力が弱まると、セックス時に得られる快感も低減するとされている。このLOVELIFE KRUSHはよりオーガズムを感じやすくなるための身体づくり、いわゆる「膣トレ」をするためのデバイスだ。


LOVELIFE KRUSH(同社公式Facebookページより)

ケーゲルを鍛えるトレーニングのモード選択や、バイブレーションの強弱もスマホでコントロールできる。また一定のトレーニングを終えると次のステップに進むことができ、ゲーム感覚でヘルシーな身体作りができるのもポイントだ。

他にも、”ときめかないもの”をどんどん断捨離していく女性だが、部屋中の物をおおかた廃棄した後もセックストイだけは捨てられず…という内容のプロモーション動画も公開しており、「セックスプレジャーは日常のエッセンシャル」というメッセージをユーモアを交えつつ発信している。

本稿で紹介したブランドやアイテムはいずれも、これまでタブー視されてきた女性の性に対するステレオタイプを打ちこわし、日常生活の中に自分の性と向き合う時間を取り入れていこうとするもの。セックスやマスターベーションが、身体を労わるマッサージの延長のようなイメージになる日が形を帯びてきたように思える。

こうしたテクノロジーの登場をきっかけに、睡眠の質の向上やストレス軽減法について考えるのと同じように、性に関する悩みをオープンにできる風潮が根づいていくといい。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit