消費税増税に伴い、政府が最大5%のキャッシュレス還元を発表したのは記憶に新しい。日本は今、2020年の東京オリンピックや2025年の日本国際博覧会を控え、国を挙げてキャッシュレス化に取り組んでいる。

しかし一方で、クレジットカードやアプリでのキャッシュレス決済にハードルを感じ、使いこなせていない人も多い。2018年8月にMM総研が行った調査によると、クレジットカードや電子マネーを毎日利用する割合は、10%に満たない。

そのような背景の中、Visaプリペイドカードサービス「バンドルカード」を提供する株式会社カンム代表の八巻 渉氏は、日本人が持つキャッシュレス決済へのハードルを「心理的unbanked」と表現し、その課題解決に日々努めている。

そこで今回は八巻氏に、心理的unbankedの真意や、キャッシュレス決済普及への道筋を訊いた。

金融サービスを使いこなせない日本人に対する違和感

────「心理的unbanked」とは、どのような意味でしょうか。

世界ではその日得た収入だけで暮らす、「unbanked」と呼ばれる人たちがいます。これは銀行口座や、その他金融サービスを利用することができない層のことを指します。もちろん日本では銀行口座が作れない人は、ほぼいないと思います。

ですが、金融サービスを難しいと感じて使いこなせていない日本人は、多く存在します。例えば、証券口座など、やろうと思えばすぐに作れるはずなのに、作らない。手順が面倒だとか、作ってもどうせ使いこなせない、メリットを理解していないなど、そういった理由で行動しない(もしくはできない)人が意外と多いのではないかと思っています。

このように金融サービスに対して、心理的なハードルを感じている人を私は、「心理的unbanked」と表現しています。

───なぜ、このような言葉をつくろうと思われたのでしょうか。

先ほども言ったように、日本は金融サービスを使う環境として恵まれた国です。なのに、なかなか一般ユーザーには浸透しない。「このギャップは何だろう」というのが、私の中でずっと引っかかっていたんです。色々な仮説を立てていくなかで、心理的な抵抗がそれを引き起こしているのではないか、と思ったんです。そしてその根幹には、金融サービスの馴染みにくさがあるとも思いました。

世の中には様々な金融サービスがあります。ですが、それらを使いこなせている日本人は、1000万人もいないのではないかと考えています。残りの1億人くらいは、心理的な抵抗から活用できていないのです。

この状況を問題提起するために、一言で説明できるものが欲しかったんですね。表現するなら、「心理的unbanked」になる。そう思ったのがきっかけです。

このままだと、日本のキャッシュレス利用は伸びない

───日本人に「心理的unbanked」な人が多いのはなぜでしょう?

もともと世界的に見ても、新たな金融サービスを一般に浸透させるのは、簡単なことではありません。金融サービスというのは基本的に、惰性で使い続けるものだと思っています。例えばクレジットカードの場合、最初に契約したカードを使い続ける人が圧倒的に多い。よほどの理由がなければ新しいカードを契約しないし、乗り換えるのが面倒だと思ってしまう。これは、世界共通の思考だと思います。

その中でも、新しい金融サービスやキャッシュレス決済が浸透しやすい国と、そうでない国に分かれます。日本は後者です。

ではなぜ、日本には浸透しにくいのか。それは、他国にはあるような金融サービスのメリットが、日本においては無いからです。

───他国にはどのようなメリットが?

例えば、20世紀前半の世界恐慌後アメリカでは激しいインフレがありました。持っている現金の価値が来年になれば20%下落しているかもしれない……。そのような状況では、銀行にお金を預けると損をします。だから今借金をしてでも高いものを買ったほうが良いし、価値が下がる可能性のある現金よりも、株を買ったほうが得かもしれない。そんな考え方が広まりました。つまり、金融サービスの利用は、彼らにとってはリスクヘッジになる、という認識なのです。これがアメリカが現在、投資大国になれた理由だと思います。

また、韓国では、クレジットカードでの年間利用額の20%を所得から控除するなど、国が金融政策を大々的に打ち出しました。クレジットカードを使えば使うほど所得税を減らすことができるので、国民にとっては大きなメリットになります。実際に韓国は、この政策で、クレジットカードの普及を一気に加速させました。

───経済的な状況や国の政策が、国民の金融サービスへの心理的なハードル解消を手助けしたんですね。

一方、日本は、「クレジットカードや金融サービスを使わないと損をする」という認識が広く根付くような、歴史的背景や仕組みがありません。そういった理由もあり、日本には金融サービスに対して、「心理的unbanked」な人が多いというわけです。

───ただ、日本でも政府がキャッシュレス還元を始めるなど、新しい動きが出てきましたね。

そうですね。それでも抵抗がある人は依然多い。動向を見ていると、半分も変わっていないんじゃないかと思います。「政府がキャッシュレス還元を行うみたいだから、思い切って現金払いをやめようかな」という思考は、消費者側には広がっていないように見えます。

5%還元やポイントが付く程度だと、アメリカや韓国のように、「やらなきゃ大損」といった思考にはなりませんよね。

───今の政策では日本は変わらないと?

多少プラスにはなります。ただキャッシュレスの話だけすると、政府は今20%のところを80%にするという目標を立てていますが、それは正直厳しいと思っています。10年で40%ぐらいじゃないかな。じわじわとは伸びますが、爆発的に伸びるのは難しい。

そもそもポイントがあるだけで行動様式を変える人って限られていると思うんです。それだけだと、みんなの惰性を超えられないと思っています。

───どうしたら超えられるのでしょうか。

カード決済をしない人はめちゃくちゃ税金が高くなるとか、いっそのこと一万円札をなくすとか、そのくらいしないと難しいと思います。

キャッシュレス普及の一歩になるか。即日発行のバンドルカード

───日本人の心理的unbanked解消を目指した、「バンドルカード」というサービスを展開しているとお聞きしたのですが、バンドルカードとはどのようなカードでしょうか?

簡単に言ってしまえば、1〜2分程度で発行できるVisaカードです。アプリ上でカードを発行するため、即時利用可能です。対象年齢は特になく、誰でもすぐに使えます。普通の現金以外にも、ビットコインなども使えるという特徴もあります。

アプリをダウンロードしたら、電話番号と生年月日を入力するだけで登録完了なので、カード発行の心理的ハードルは低いです。

実際に利用する際は、プリペイドカード扱いになるので、チャージをする必要があります。例えば、コンビニに行ってアプリを見せて、1,000円を出すと、その金額がチャージされる仕組みです。

───クレジットカードやプリペイドカードとの違いは?

本人確認が必要ありません。その場で発行できます。

他のプリペイドカードとの違いは、後払いのチャージができること。少し前までコンビニへ行ってチャージをしていましたが、それが面倒だという声がありまして。現在は氏名、生年月日、メールアドレス、電話番号を入力してもらえば最大50,000円までその場でチャージでき、その場で残高が増えるので、ECなどで決済もできます。支払いは翌月末のコンビニ支払いです。

そのため、発行から支払いまで外に出ることなくアプリ上の操作だけで完結することが可能です。


発行から支払いまでアプリ上で完結するバンドルカード

───子どもが勝手に入金してしまった、という可能性も?

バンドルカードの基本機能はあくまでもプリペイドなので、現金を持っていたら誰でも使えるよね、という考え方をしています。そのため、そこに子どもも大人も関係ありません。

ただ後払いの部分は債務が発生するので、10代向けとしては謳っていません。今後の開発で、誤った使い方の防止策も考えていきたいと思っています。

───どんな人がバンドルカードを利用しているのでしょうか。

まず、クレジットカードが持てない人ですね。クレジットカードを持てないけどネット通販をしたいとか、サービスを受けるにはクレジットカードが必要だからとか、そういった人が多いです。また後払いのチャージができるので、すぐにお金が必要な人も利用しています。

もちろん、クレジットカードを持っている人も使っています。実はユーザーの4割はクレジットカードを持っている人なんです。

クレジットカードって与信枠が高めに設定されているから、それだと使いすぎちゃうって人がいます。けどバンドルカードだと20,000円とか30,000円とか先に金額が決まっているので使いすぎなくて良いっていうユーザーが意外に多いんですよね。こちらは年代的には20代から30代の若者が多いです。

───使いすぎの心配は現金に馴染みの深いお年寄り世代が多いと思っていました。若者の方がクレジットカードは使わないのでしょうか?

若者の方が使わないみたいですね。いろいろな説がありますが、今の40歳以上の方は基本的にクレジットカードで決済するカルチャーを持っているようです。「ゴールドカードやプラチナカードを持つことがステータスだよね」という思考です。

対して、そんなテータスはいらないっていうのが40歳未満の若者のカルチャーだと思っています。

あと、学生はクレジットカードを持つより早く交通系のICカードを使う人が多い。そうするとプリペイドが当たり前になり、後払いに違和感を覚えるんです。そのほか、バブルを知らない層は使い過ぎを抑えたいという思考が強く、後払いを避ける傾向があるみたいですね。

バンドルカードはアプリで利用するため、アプリ利用が身近な若者は使いやすいようです。

───カードの実物が欲しいという人はいませんか?

住所を送ってもらえれば、コンビニやお店で使える実際のカードも発行しています。ユニークなところとしては、裏面にカード番号が入っており、表面にはカード番号がないことです。これは、店員に渡してもスキミングされにくいとか、ネットにそのままアップしても大丈夫というメリットがあります。

表面にカード番号がある必要ってほぼありませんよね。店員が番号を入力することってほぼありません。「何であるのかわからない」という、ふとした疑問を無くしていくのは重要かなと思っています。だから表面の番号をなくしました。

そもそもカード自体なくても良いとは思っているんです。アプリだけで完結できるような世界にできたら良いなと思っています。

カンムが考える、心理的unbankedを解消するために必要なこと

───心理的unbanked解消のために、貴社ではどのような対策をしていますか?

まず前提として難しくないものにする必要がある。文字を少なくしたり、ソフトウエアを使って簡単にするというのは絶対だなと考えています。

たくさんの項目があって、それを記入しないと登録できなかったり、家によくわからない手紙が届いたり、そういった面倒な部分をなくして、全部アプリ上で解決できるようにしたいです。発生している工程がなぜ必要なのか明確にすることが、必要条件だと思っています。

だから弊社では、そういった考えのもとでサービス開発を行っています。

───バンドルカードではその対策をどのような形で落とし込んでいますか?

簡単に作れる・チャージできる・決済できる、という点です。 バンドルカードは登録・発行・チャージ・決済、あらゆる工程での「簡単さ」を目指しました。

それと、敬遠されがちな、いわゆる「金融サービス」だと思われないような工夫をしています。バンドルカードは使い方はクレジットカードとほぼ一緒です。しかし、クレジットカードと言うとそれだけで拒否反応を示す人が実際にいるので、そこまで複雑ではないこと、オンラインで簡単に作れて使えるカードだと分かってもらえる見せ方は意識しています。

その他は表に出ていない深層心理にフォーカスしながら、今後バンドルカードに実装していこうと思っています。

───例えばどのような心理でしょうか。

例えば、クレジットカードを持っているのにバンドルカードを使う人が良い例です。クレジットカードであれば手数料もかからずに後払いができるのに、あえてバンドルカードを使っている人がいます。

この心理としては、やはり使いすぎたくない気持ちが非常に強いというのが最近分かってきました。代金が即時に口座から引き落とされるデビットカードはあっても、「使いすぎたくない人のためのカード」って、世の中にはないんです。

───今後、バンドルカードにそういったユーザーへ向けた機能が追加されるかもしれない?

使いすぎないような機能は今考えているところです。例えば、月の初めに予算を決めてそれ以上使うとアラートが出るとか。そんな機能を、追加していきたいと思っています。

こういったあまり表に出てこないユーザー心理にフォーカスし、今後も心理的unbanked解消へ向けてサービス開発を行なっていきたいです。

取材・文:成田千草
写真:西村克也