いま「産学官」連携のあり方が変わろうとしている。

産学官とは、産業界(企業)と学校(教育・研究機関)、官公庁(国・地方公共団体)の三者が連携し、公共性の高い価値を提供する取り組みのことであるが、産学官連携と聞いてどんなイメージを持つだろうか。

「新技術の研究開発」や「新産業の創出」?それとも「お堅い感じ」「何をしているのか具体的によくわからない」というものだろうか?新分野の研究施設を持たない大学、または学部には、馴染みが少ないかもしれない。

そう考えると「産学官」という言葉は、これまで一般市民から少し遠い存在だったと言えるかもしれない。

しかし、従来のこの産学官イメージを大きく変える取り組みを行う企業がある。それが株式会社SPOON(以下、SPOON)だ。

SPOONは大阪を拠点とし、プロモーションの企画・演出などを手掛けている企業。コンサートの映像演出に始まり、企業の周年式典の演出、新製品発表の演出、施設のコンセプト設計、大阪が世界に誇るランドマーク「道頓堀グリコサイン」の点灯式の総合演出など、多くの実績を残している。

SPOONを取りまとめるのが、企画家・演出家である谷田 光晴(たにだ・みつはる)氏(以下、谷田氏)だ。著名なアーティストや、クリエイターなど、谷田氏の独創的な企画・演出力を評価する業界人も多い。

2019年10月29日(火)〜11月3日(日)、横浜市と事業構想大学院大学が連携協定を締結し実施する「大岡川ひかりの川辺2019」にて、SPOONは企画・総合演出を担当。

このイベントをきっかけとして、SPOONが生み出した若い世代にも持続可能な産学官連携のエコシステムとはどんなものなのだろうか。「ネオ産学官」とも言える新たな取り組みの裏側についてお話を伺った。

「感」じてこそ、「創」造する力が生まれる

SPOONは、「自分が納得出来るクリエイティブを世の中に表現したい」という谷田氏の想いの元、2014年に設立された企業で、経営理念は、「スパイス・オブ・クリエイション」。

料理がスプーン一杯の調味料で、劇的に味や見た目が変化するのと同じように、「社員やプロジェクトメンバーたちの仕事がスプーン一杯のスパイスとなり、コンテンツの味や見た目をかき回していきたい」と、理念に込められた想いを谷田氏は語る。

新作ゲーム発表会の演出から、誰でも知っているオブジェクトの点灯式のプロデュースまで、SPOONの手がけるプロジェクトは多種多様だ。

そして同社のクリエイティビティの源泉となるのが、「人に何を伝えるか」という根源的な問いへの探求だ。谷田氏はSPOONのアイデンティティをこのように語る。

谷田:「私たちは企画や演出を行う際、関わる人たちが何をどのように感じるか、という点を徹底的に考え抜きます。人それぞれ感じ方が異なるこの世界で、新しいテクノロジーによる単純な驚きや感情は一瞬のまやかしにすぎません。

そうではなく、それらを工夫して活用し、本質的なコミュニケーションの方法を考えます。私たちはそれを「感じて創造する力『感創力(かんそうりょく)』」と呼んでいますが、同じくらい大切にしている力が、『貫想力(かんそうりょく)』です。自分たちが信じた普遍的な価値を最後まで持ち続け、そして考え抜いて共有したコンセプトを貫き通す、という覚悟を持って常に仕事をしています」

谷田氏はイベントなどの企画を行う際に大切にしている考えがあるという。それは、「体験と体感が共存するストーリーをいかに設計できているか」ということ。

例えば、音楽イベントの場合、観客がその会場に入ってから感じる音楽や光、歩く順番、フィニッシュの瞬間まで、想定しうる全ての事柄を脳内に入れて企画を作れているかどうかということだ。

単なるテクノロジーを駆使した体感で終わるのではなく、イベント全体が体験として楽しめる、いうなれば『体感と体験の融和』を谷田氏は目指している。

谷田:「自分たちの仕事は、広い意味での“メディア”であると思っています。メディアとは何か。僕の定義では、情報と情報が行き交い、それを求めている人やモノ同士が出合う所、つまり『何かと何かが出合う場所』全てがメディアということになります。

今後、ますます人が直接触れられるフィジカルなサービスや空間が重要になってくると思います。そこに対する感度や解像度を高めていき、色々なものをメディアと紐付けていくつもりです。緻密に考え、行動するときは大胆に、それがSPOONの行動スタンスです」

好きな仲間と仕事をして生きていきたい

谷田氏は学生時代から映像クリエイターとしてキャリアをスタートさせ、2009年に映像制作会社の株式会社タケナカに入社。その後、2014年に独立してSPOONを創業するまで、テクニカルディレクター・クリエイティブディレクターとして数々のプロジェクトを開発・参画してきた。2013年からは、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の特別講師を務める。

この経歴だけを見ると、クリエイターとして順風満帆な人生を送ってきたように見えるだろうが、実際はそうではなかった。独立した頃の事情について、彼はこのように振り返る。


株式会社SPOON 代表 谷田 光晴氏

谷田:「アンダーグラウンド出身というか、潜伏期間39年でここまできたというのが正直なところです。大学卒業後はサラリーマンとして働いていたこともありましたが、当時は自分の好きなことで生きていく難しさを突きつけられました。自分が本当にやりたいと思えることに出会ったのが遅すぎたと後悔していた時期もあります」

就職後1年でサラリーマンという安定した身分を捨てて、崖から飛び降りる思いでリスクを取って会社を辞めてみた。しかし結果は食べていくにも困る有様で、借金を抱え、親にも迷惑をかけ、電気が止められていたので3日掛けて水でふやかした米を食べる日もあったそうだ。ただ、それでは映像が作れないので、夜中に近所の公民館の野外コンセントを拝借して作品を制作したことも。ただ好きなことを仕事にして生きていきたい、それだけが望みだったという。

その後、苦しい日々から脱却し、タケナカ時代を経ることで、様々なプロジェクトを手がけるようになり、好きなことを仕事にできる喜びの中、必死に働いた。しかし、満たされているはずなのに、ある時を境にどうしても満たされない思いが沸々とこみ上げる。そんな生活の中で谷田氏は一つの結論に辿り着く。

谷田:「自分が生かすべきスキルは、映像を作ることだけではないなと思ったんです。自分の手でいわゆるかっこいいだけのものを作って自己満足するのではなく、自分の尊敬できる人や、好きな人たちと一緒に仕事して、生きていきたいんだと気付きました。

もし音楽を作りたくても、自分一人のスキルでは限界があります。でも、それぞれの業界の第一線で活躍している仲間を集めて、自分の表現したいことを伝えて、一緒にやっていければ、今まで行けなかった場所へ行ける気がしたんです」

チームプレイを体験させる、新たな産学官連携スキーム

業界のプロフェッショナルとともに仕事をしてきた中で「企画で世界を変えていきたい」という想いを持った谷田氏がたどり着き、いま一番面白いと思っている領域、それは地域特性を活かした「地域活性化」だ。

「行政と企業が連携する仕事は、ステークホルダーの数や規模が必然的に大きくなるので、調整ごとが難しくて進まないことが多い」と、その難しさを指摘する一方、「企画というスパイス一杯で世の中を大きく変えられるチャンスがある」という魅力もあると話す。

2019年10月。月末から開催されるSPOONが総合演出を行うイベント「大岡川 ひかりの川辺 2019」において、クリエイティブ発表を控えた学生とのワークショップが行われた。

この「大岡川 ひかりの川辺 2019」が開催される日ノ出町周辺にはかつて、風俗街が存在し、現在もそのイメージを完全に払拭できていない。

そのイメージを覆すため、2018年「今後このエリアをクリエイティブな人たちが集まるエリアに」というテーマで、横浜市と事業構想大学院大学によって地域活性化の実験的なイベントが行われることに。そのコンテンツ内容として、川辺を照らすイルミネーションというアイデアをSPOONが全面プロデュースすることとなり、今年で2回目の開催となった。

去年のイベントと異なる点としては、横浜美術大学との連携が組み込まれたプロジェクトとなったことだ。参加する学生は単なるお手伝いとしてのボランティアではなく、学生たちが考え、作り出したクリエイティブ(プロモーション、グラフィック、ライティング)が、SPOON監修のもとイベントに活かされる。

その“ねらい”を谷田氏はこのように語る。

谷田:「美術系大学に通う学生たちは本来、学校の中では各々が制作テーマを決め、それぞれのスキルを学びながら、個人プレーで成果物を作ることが基本となります。これは美術大学に限ったことではなく、日本の学校教育は目の前の課題に対して一人で解決するスタイルが主流だと思います。

ですが、いざ社会に出ると、自分一人で解決できる問題のほうが少ないはずです。社会人になって3〜5年くらいまではチームにおける仕事のやり方に新卒たちは戸惑い、苦労することを私たち大人は知っています。

だからこそ今回のプロジェクトを通して学生たちには、仲間と共に課題に向き合い、クリエイティブの力で壁を乗り越え、チームで仕事をすることの楽しさを知ってもらいたいと考えたんです。実際にプロジェクトチームの中に会社組織のような組織内連携を作ることで、プロジェクトを円滑に進めていくようにしました」

実際にプロジェクトに参加した学生に感想を聞いたところ、「普段は一人でやることが多いが、チームで働く面白さを感じることができた」「社会で働くイメージが少しついた」といった声があがっていた。

イベント当日は、幻想的な光と音楽が大岡川を包み、富士通が開発した聴覚障がいのある人も音を楽しめるデバイス「Ontenna」を用いた実証実験も行われ、今年の産学官プロジェクトを締めくくった。

産学官連携には、中長期で育成する覚悟を

今回の取り組みと一般的な産学官プロジェクトとの違いはどのようなものなのか。

谷田:「これまでの産学官連携のプロジェクトにおいて課題だと感じていたのは、企業側が学生に対して、『教育・育成』の観点を十分に持ち合わせていなかった点ではないかと思います。プロジェクトによっては、研究素材の採用目的で大学のシステムを利用するだけだったり、優秀な学生がプロジェクトに応募してくれるのを待っているだけ、というパターンもあります。

もし3者が共同で力を合わせ、プロジェクトを開発・成功させたければ、『覚悟』を持つことが重要だと思っています。その覚悟とは、企業側が自分たちのリソースや時間を投下するための覚悟です。

今回の場合であれば、このプロジェクトにおいて学生たちとどれくらいの頻度でコミュニケーションを取れば良いのか。月1回の進捗会議だけで良いのか。そういった疑問に対し、僕たちはSlackでリアルタイムに彼らと会話をしながら、企画を進めてきました。でも、普通の会社の部署だったらそんなことはしないですよね。お金を払ったんだからやってよ、となりがちです。でも、それでは共同プロジェクトとは言えないんです。もっと企業・行政側も積極的に参加していくべきだと思います。

それが未来の人材獲得に繋がったり、新しい事業モデルが生まれたり、100年先のビジョンに繋がるかもしれないからです」

とはいえ、産学官が足並みを揃えて並走していくのは、簡単なことではない。SPOONが企業主体として、なぜ今回のプロジェクトを先導できたのか。

谷田:「SPOON自体の規模が大きくない、という点が一つ。それぞれの分野のプロフェッショナルを集められた点も特徴的です。学生が表現したいことを、プロフェッショナルがサポートすることで、実現可能にしました。あとはシンプルに投下したリソースや時間の量が通常より多い、ということでしょう。

プロジェクトに必要な予算はいただいていますが、それは掛けた工数に全て消えていって利益はほぼありません(笑)でも、それでいいと思っています。

僕たちが何を残したいかと言えば、先ほど言った「覚悟」です。利益を優先した結果、イケてないアウトプットになってしまったとしたら、何人が共感してくれるのかなと考えるんです。だから、クリエイティブが売りのSPOONはそこに全力投球して、記憶に残るアウトプットをしていきたいんです」

作られた格好だけの産学官だったら誰も幸せにならない

産学官連携には「巻き込み力」も重要な要素だと、谷田氏は指摘する。

谷田:「人を巻き込んでいかなければ、大きな仕事はできません。ただ、協力する理由がお金だけでは、本当にいいプロジェクトは生まれないでしょう。今回も僕たちが色々な人たちを巻き込んでいけたのは、旧知の仲間たちが普段の僕たちの取り組みにいいね!と言ってくれる土壌があったことと、彼らがやりたいと思って協力してくれるような企画を、最初から設計していたという側面があります。

そのためには、いかなる時もブレないような軸を持つことも重要です。自分たちだけの要望を相手に押し付けるのではなく、地域の人たちや周りの人たちが協力したくなるような企画や仕組みを考える必要があります。作られた格好だけの産学官では誰も幸せにならないんです」

「大岡川ひかりの川辺」のライトアップイベントは元々3カ年の計画としてスタートし、今年で2回目。今回のイベントで来年の下準備が出来たと谷田氏は話す。SPOONが理想とする産学官連携スキームの完成形とは、どのようなものなのか。

谷田:「重要なのは、今回僕たちが作った『企業と学校と行政の循環が巡るようなプロジェクトスキーム』を、ここで留めずいかに未来に繋げていけるのか、という点だと思っています。

毎年ゼロスタートからするのではなく、積み重ねて循環させていくイメージです。なので学生には自主性を持ってもらうためにも、『君がやりたいことは何だろう』と問いかけるところからスタートしています。そうしたモチベーションを維持するためにも、自分のやりたいことを提案書にまとめ、仲間の前や、クライアントの前で実際にプレゼンテーションもしてもらいました。定期的にアウトプットを見せ合うワークショップを開催しました。

参加した1年生が翌年も参加してくれたら、2年生として後輩に指導してあげることができますよね。それがその翌年も続いていく。学校の中であっても、実際の会社のようなタテとヨコの繋がりを意識して成長してもらえるのが理想的です。

その形が固まり、派生することで他の学校や企業との連携の可能性を高め、産学官の連携が自走するコアとなり、持続可能な形になっていけば、それが産学官連携のエコシステムになっていくのではないかと思っています。横浜市の皆さんとも、そうした前提を互いに理解した上でお話をさせていただいています。

そして、このスキームがうまく回るようになれば、企業としてもチーム戦を経験しているクリエイターとコネクションができることになるので、その後の人材採用にもメリットがあるはずです。ただそこまでいくのには、リソースと時間を投資する必要があるのでその期間は辛抱強く待ちましょう、ということですね」

最高の配合を見つけて、新しい価値を作っていく

今回の取り組みを成功させたSPOONだが、今後この会社をどのように発展させていくつもりなのか、谷田氏に聞いた。

谷田:「冒頭で『感創力』と『貫想力』という話をしましたが、体験と体感の融和によって、未だ世の中に存在しない新しいジャンルを生み出していく企業でありたいですね。これまでなかった組み合わせを発見して、みんなを驚かせたい。言わば、計量スプーンで最高の調味料の配合を見つけて混ぜ、人やモノを繋げていく、といったイメージです。

それを実現するためには、僕をはじめSPOONの仲間たち自身が、自ら感じたことや身体の中にある記憶や想いといったものを、大事にしていくことが必要です。実際にフィジカルに感じられる感動を、最新のテクノロジーの力を組み合わせて実現していく面白さにもワクワクしています」

では谷田氏のこだわる企画とは何なのだろうか。

谷田:企画って、自分のやりたいことを一方的に相手に伝えることじゃないんです。画を企てると書いて企画なんです。なので、全ての企画は、誰かを喜ばせるために企てるものでなければいけません。

また企画は未来の理想的な完成予想図を描く、ということでもあります。でも未来の完成予想図はGoogleで検索しても答えは出てきません。検索して出てくる情報は、過去の情報が堆積したものに過ぎず、答えがないことのほうが多いと思います。

未来予想図を作るためには、相手のことを徹底的に知り、さながら恋文を書くときのような気持ちで計画を企てることを大切に考えています。そして、そこにいるクライアントを含めた仲間全員が実現したい同じ未来を見られたら最高ですね」

取材・文:sayah
編集:花岡 郁
写真:益井 健太郎