一輪車といえば、小さい頃に学校や近所で遊んだ経験のある方、または、現在子どもが愛用しているという方も多いのではないだろうか。

公益社団法人 日本一輪車協会によると、同協会は、全国の学校や体育施設などに、年間約2,000台もの一輪車を寄贈している。

1981年から現在までの39年間で、その数は累計約80,000台以上にも及び、体づくりの一環、または教具として、多くの小学校で導入されている。

現在の小学校への一輪車の普及率は約9割を超えており、日本は世界でも有数の一輪車大国といっても過言ではない。

また、近年では一輪車は娯楽や教具といった領域以外に、スポーツ競技としても確立している。

国内外でも定期的に大会が開催されており、現在、国内での競技人口は約10,000人。速さを競い合う「レース部門」や、テクニックや表現力などで評価される「演技部門」からなり、幼児から高齢者まで幅広い層の選手が参加している。

そういった背景の中、世界チャンピオンに2度輝いた実績を持つ、佐藤彩香氏にお話を伺った。

佐藤彩香
2012年一輪車世界大会「UNICON16」チャンピオン
小学校1年生の子役時代、テレビ番組の企画がきっかけで一輪車を開始。2011年には「さわやか日本一輪車競技大会 トラックレース部門」で女子総合優勝を果たす。(当時高校1年生)翌2012年にイタリアで開催された「UNICON16」では4 x 100mリレーで世界1位に輝く。2014年にカナダで開催された「UNICON17」ではタイヤ乗り種目で再び世界1位を記録。現在はタレントとしても活躍している。

子役以上にのめり込んだ、一輪車の魅力

—— 一輪車との出会いや、始めたきっかけを教えてください。

佐藤:元々子役をやっていたのですが、とあるテレビ番組の企画で「苦手な物を克服しよう」という企画があり、その課題が一輪車に乗れるようになることでした。

当時はまだ小学校1年生で、一輪車には全く乗れなかったのですが、テレビ局の人がクラブチームを探してくれてくれて、そこで練習し始めました。

そのクラブチームで衣装を着たお姉さんがカッコよく一輪車を乗りこなしているのを見て、「やりたい」という気持ちが段々と強くなっていって。

結局、番組が終わった後もクラブチームで教わり続けました。

—— そこで一輪車を仕事にしようと?

佐藤:まだ小さかったので、本格的に仕事にしようとまでは思っていませんでした。

でも当時、子役の仕事よりも、一輪車に乗っているほうが面白くなってしまって。

—— 一輪車ではなく、演技に進む道は考えなかったのでしょうか。

佐藤:私の中で一輪車がドンピシャでハマってしまったので、それを極めていきたい、という気持ちのほうが大きくなっていきました。

やっていく内に上手になったり、走るペースがどんどん速くなったりする感覚が、たまらなく嬉しくて。

そういった理由から、一輪車の世界にのめり込んでいきましたね。

—— そのくらいの年頃の女の子は、徐々に流行の物などに興味が出てくるイメージなのですが、佐藤さんは違ったのでしょうか。

佐藤:当時、流行りはあまり気にしていなくて、始めたからには続けるタイプでした。

自分だけではなく両親も協力的で、家族でサポートしてくれるような環境だったので、辞めるという選択肢はなかったです。

正直、「練習に行きたくない」と思ってしまう時もあったのですが、両親が「行きなさい」と背中を押してくれていました。一輪車の整備も父がしてくれています。そのように周りがサポートしてくれるのはとても大きかったです。

また、演技の練習は体育館で行い、レースは道端で練習をするのですが、私の場合はたまたま家の裏が田んぼで、農道が直線で100mあったので、環境面でも恵まれていたと思います。

“プロの境界線がない” 佐藤彩香が語る競技一輪車の世界

—— 一輪車選手になる為の資格や、指導する為の資格などはありますか?

佐藤:選手になる為の資格は特にありません。

しかし、指導者になる為の免許ならあります。私も免許は持っているのですが、私の場合は、自分が今まで行ってきたことをそのまま教えています。

私のチームにはコーチが居なかったのですが、他の強豪チームは親がコーチをしている場合が多く、やる気が違います。

チームのカラーも、大会で勝つことを意識した、気合の入っているチームや、楽しむことがモットーのチームまで、それぞれ異なります。

私が所属していたところは「チームで楽しくやろう」というスタンスだったのですが、私はその中で一人で本気でやっていたので、メンバーとの温度差を感じる時もありました。

やはり上手い方に指導してもらった方が、上達は早いとは思うのですが、私はコーチというコーチがいなかった為、ほぼ独学でした。

誰かの元できちんと学んだことなどはなく、他の大会で他の選手の演技を見て学んだりしていました。

レースに関しても、きちんと誰かに教わったことがなかった為、「こうすれば速くなる」とか、「この角度がベスト」など、自分でひたすら試行錯誤していました。

そうして自分で学び、経験したことを生徒に教えています。

—— 大会はアマチュアとプロに分かれて行われるのですか?

佐藤:実は、一輪車の競技には、プロと呼ばれる人は現状いません。なので、一輪車を職業にしている人はいない、というのが実際のところです。

一輪車でお金を稼ぐとなると、イベントを開催したり、サーカス団に入団するなど、スポーツというよりは大道芸やショー寄りの活動をする必要があります。


伊勢自フェスタ2018でのパフォーマンス

一方で、その分選手の歴や年齢層は幅広く、全くの未経験の方から、おじいちゃんおばあちゃんまで、幅広く出場出来るという面もあります。

この間の大会でも、70代の方が参加されていましたね。

—— プロがいないというのは驚きですね。では、普段はどのようなご活動をされているのですか?

佐藤:現在は後輩指導をしており、主に小学生を担当しています。

あとは自分の練習や、一輪車を広める為のPR活動をしています。

競技としての一輪車はとてもマイナーで、「一輪車をやっている」と周りの人に言うと、毎回「何それ」と言われてしまいます。その度に一から説明をしないといけません。

なので、いずれは「一輪車をやっている」と言った際に、「えー!すごい」と言って貰えるくらいまで、認知度が高まっていくと良いなという思いがあります。

その為にも、いつかオリンピック種目になることを願っています。

—— 一輪車の競技人口はどのくらいになるのでしょうか。

佐藤:日本だけで約10,000人と言われています。

数字だと少し分かりにくいですが、これは一般的なスポーツで考えると、少ない方だと思います。

国内の大会は、地方大会と全国大会の2パターンがあるのですが、「地方大会で上位に入ったから全国大会に出れる」というようなシステムではありません。一輪車の全国大会は、誰でも出場できるシステムになっています。

更に、世界大会に関しては全て自費で、援助もありません。マイナー競技だと思われてしまっている為、スポンサーもないのです。つまり、大会で優勝してもお金も出ません。また、海外においてもプロという概念はないですね。

—— 世界大会はどのくらいの頻度で開催されているのでしょうか。

佐藤:世界大会は、2年に1度、世界各地で開催されています。

強いのはドイツと日本です。レース部門はドイツが強く、演技部門は一番に強いのがデンマーク、次にドイツが強いです。

—— 佐藤さんはどちらの部門に出場されているのですか?

佐藤:両方出場していますが、演技よりもレースの方が得意です。演技はソロでも出場しますが、前回の世界大会ではペアで出ました。

以前はグループでも出場していたのですが、私の現在所属しているクラブチームでは人数が少ない為、グループを組むことができないのです。

演技に関しては、例えるならフィギュアスケートのイメージに近いと思います。

しかし、フィギュアスケートと異なるのは、国内では男性選手が少ない為、ペアは女性同士が多いことです。

海外に行くと男性選手も結構いるのですが、国内だと男性選手は少ないですね。日本ではまだ「一輪車=女の子の遊び」というイメージが強いのだと思います。


Ayaka Sato Yui Sugahara Pair agegroup20-22 UNICON19 (Youtubeより)

—— 演技部門はどのように採点されているのですか?

佐藤:実は、「この技は何点」とか、元々決まっているルールはないです。

例えば、審査基準に「芸術」「技術」「技の構成」などがあるのですが、100点満点の中で、芸術が30点満点、技術が20点満点など、あらかじめ振り分けてあります。その中で審査員の方が判断をし、点数をつけていきます。

基本は加点式で、「落車したらマイナス何点」など、審査員の方々がそれぞれ配点しています。

審査の厳しい方はとても厳しいです。ですがこれは審査員の方の好みの問題にもなってくると思うので、それも難しいところです。

また、審査員にも資格は特になく、クラブチームの代表の方や、歴代のチャンピオンの方など、大会によって様々です。

—— 佐藤さんは、一輪車でテレビCMなどのメディアにも出演されていますが、世間の反応はいかがでしたか?

佐藤:やはりテレビ出演後は、反響がすごかったです。

例えば美容院で担当の美容師さんと話していた際に、一輪車をやっていることを告げると、「えー!すごーい!」といった反応をされました。

更に「テレビで最近やってますよね。演技とレース、どちらをやられているのですか?」と聞かれて、そんなに知ってくれていることにとても驚いたのを覚えています。その時にテレビの影響の大きさを改めて実感しました。

「一輪車をやっている」と言った際の反応が「何それ」から「えー!すごーい」に変わったのが感動的でした(笑)


車と一輪車のドリフト結婚式 TOYO TIRES動画

一輪車人生を通して気付いた、「続けること」の大切さ

—— 一輪車を通して学んだことや得たものは何だと思いますか?

佐藤:「続けることの大切さ」ですね。これだけ続けてこれたので、自分の自信にも繋がります。

何よりも「人と違う技術を持っている」ということが糧となり、例えば受験の時も胸を張って自己アピールをすることができました。

また、リレーなどで仲間と協力し合って勝ち進んでいくことなどから、チームワークを学びました。

リレーはやはり最終走者が一番緊張します。時々、プレッシャーからか、最終走者が落車してしまうことがあります。そうすると「あー!今1位で走ってたのに…」という残念な思いも内心はあるのですが、そういう時に「仲間を責めない」ということを学びました。

誰かが転んでも、「連帯責任」「仕方ない」と思うことが大切です。

自分が転んでしまった時は、やはり自分を責めてしまいがちですが、そうではなく、「練習が足りなかったね。もう少し頑張ろう」など、ポジティブに捉えることを教わったので、それが現在こうして生きている中でもプラスになっていると思います。

—— 一輪車の選手に向いている人はどのような人だと思いますか?

佐藤:やはりバランス感覚のある人は、乗れるようになるのが早いです。

体型的な部分でいうと、なるべく身軽な方が良く、例えば体型がふくよかな人は、転んだ時に怪我をしやすいのと、技やレースでスピードを出すにあたって、進みにくくなってしまう為、少し不利になります。それと、レースだけではなく演技面でも、やはり手足が長い方が綺麗に見えます。

職業柄、見ていて「この子上手くなる」というのは直感で分かります。そういう子は、最初の感覚を掴むのが早いのです。

しかし、向き不向き関係なく、楽しむことが一番だと思っています。

—— 素人の大人が一輪車を始める場合、どうしたら良いのでしょうか。

佐藤:まず、競技用を入手する必要があります。なぜなら、お店に売っているものは子供用で、大人用の大きなサイズがないからです。大人は最初は24インチが乗りやすいと言われています。

マイナーではありますが、一応大人用のサイズの一輪車が置いてあるお店もあります。あとは大会で出店しているお店などから、購入することができます。

私の場合も国内にある2店舗、あとは海外のお店からネット購入しています。

私の乗っている一輪車はチタン素材で、色をデコレーションしたり、スポークの色を変えたりと、カスタマイズしています。

室内用はゴムでできていて、レース用はプラでできているのですが、タイヤに関しても、「演技は白色指定」「レースは黒色指定」など、それぞれルールが定められている為、使い分けています。

一輪車の場合はブランドより、素材によって値段がピンキリになります。本当に安く揃えるなら1万円かからないくらいで済ませることができると思います。

—— 一輪車が上手くなるコツや速く走るコツがあれば教えてください。

佐藤:一輪車を上手く乗る為の基本のポイントはいくつかあります。

まずはサドルから乗るのですが、乗った際にペダルを上下にしてしまうと、グラグラしてしまって固定ができません。なので水平にしないといけません。

しかし、乗った時の状態が上下なので、その状態から漕ごうとするから上手く乗れないのです。

なので、乗ってから、ペダルを半周だけ進め、バランスが取れるのを確認してから半歩ずつ進めていくと、バランスが取れて進んでいきます。水平にすることがとても大切です。

私の場合、速さに関しては、最初から速かったわけではないので、ひたすら走り込みました。

苦手意識をなくし、まず一度挑戦することが重要

—— これから一輪車をやってみたいという方に伝えたいメッセージはありますか?

佐藤:試せるスペースの確保などが難しいと思うのですが、一回まず挑戦してみて欲しいです。

乗れるまでが大変なので、乗れるようになる前に諦めてしまう人が多く、よく「小さい頃に試したけど乗れなかった」という声を聞きます。でも、そこを乗り越えたら本当に楽しいです。なのでぜひそこまで頑張ってみて欲しいです。

ただ、ぜひベストなコンディションで試してみて欲しいのですが、他のスポーツと比べると、一輪車は大人にとっては気軽に乗れるものではありません。

例えばサッカーの場合は、どこでもサッカーボールを入手することができますが、一輪車の場合、簡単に乗れるスペースや、店頭などにも大人用の一輪車が用意されていない為、気軽に試せる機会や場所もないのが問題です。

そういった問題も、今後は解決していきたいと思っています。

目標は一輪車をオリンピック種目にすること

—— 一輪車に関しての今後の目標や実現したいことは何でしょうか。

佐藤:やはり「オリンピック種目にしたい」というのが一番の想いです。

個人の目標においては、以前は「世界チャンピオンになりたい」と思っていたのですが、それはもう叶えることができました。私は今後レースには出場する予定がない為、現在では、下の子たちに広めていくべく、レースのコーチを今年から始めたところです。

というのは、私は現在23歳なのですが、決勝に残れるメンバーの中では最年長で、一輪車は年齢的に中学生や高校生がピークとされています。

エンジョイ勢であれば、年齢が高い方も多いのですが、本気でやっている選手の中では、この年齢でも残っているのは珍しい方になります。

というのは、大人になっていくにつれ、みんな練習に時間に取れなくなってきてしまうからです。

中学生や高校生は時間が取れる為、たくさん練習ができますが、大学生になると更に忙しくなり、社会人になると練習をする時間はほぼ取れない為、そのタイミングで辞めていく方が多いです。

やはり毎日仕事をしていると、練習ができるのが夜の短い時間だけとなり、体力的にはまだ大丈夫でも、ベストな状態で大会に出場することができない為、辞めていく方が多いです。

—— ほかに何か挑戦してみたいことはありますか。

佐藤:今まで一輪車中心の生活だったので、まだ模索中です。

中には二輪車(自転車)の道に移行する方もいますし、サーカス方面に行く方もいます。私のクラブの先輩も「シルク・ドゥ・ソレイユ」に参加し、世界中を回っている人がいます。

なのでそういった道もあるとは思うのですが、私は演技ではなくレースが得意なので、それもまた違うのではないかと考えています。

指導に関しては今後も続けていきたいと思っていて、イベントを開催すると新しく一輪車に興味を持ってくれる子も多いので、一輪車の魅力を語り継いでいきたいですね。

あと、今後YouTubeなどのプラットフォームを使い、動画などでも一輪車に関する普及活動をしていけたらなと考えています。

取材・文:花岡郁
写真:西村克也