2030年までに自動化がもたらす世界の失業数は2000万人?

ロボット・人工知能が人間の仕事を奪ってしまう「技術的失業」への懸念が世界各国で高まっているといわれているが、どの国で、どれほどの影響が出ているのかはあまり明確になっていないといえるだろう。

そんな中、英国のコンサルティング企業オックスフォード・エコノミクスが2019年6月に発表したレポートは、明確な数字で技術的失業の規模を示しており、多くの海外メディアの注目を集めている。

同レポートは、米国、英国、ドイツ、フランス、日本、韓国、オーストラリア、中国など29カ国を対象にロボット導入による影響を調査。それによると、2000年以降製造業において、世界中で170万人分に相当する雇用がロボットに代替されたという。内訳は、欧州で40万人、米国で30万人、中国で55万人などだ。

気になるのは、今後この動きが加速することが見込まれていること。しかもそれは線形の増加ではなく、指数関数的な増加になる可能性があるということだ。

同レポートは、2030年までに世界の製造業で約2000万人分に相当する仕事がロボットに代替されると予想しているのだ。この加速度的な増加の最大の要因は中国。同国製造業で2030年までに予想されるロボットによる代替雇用数は1400万人に上るという。

製造業で進む自動化

一方、同レポートはロボット導入が30%増加した場合、世界GDPをおよそ5兆ドル押し上げることになり、それによって失業を上回るスピードで新しい雇用が生まれるだろうと楽観的な見通しも示している。

この見通し通りになるのかどうかは分からないが、自動化が進むことで、新しい職業や雇用が生まれる可能性は十分にあるといえるだろう。

新しい時代の新しい職業に関する議論はさまざまあるが、英国のシンクタンクZenzicは自動運転車社会の実現に求められる具体的なスキルに言及し、近い将来需要が高まると思われる新時代の職業を明らかにした。

自動運転車を前提とした社会を構築するには、どのようなスキルを持った人材が必要なのだろうか。

英国で活発化する自動運転車前提社会の実現に向けたスキル・人材育成議論

Zenzicは英国で自動運転車を前提とした社会を実現するために官民が協力して設立した組織。

Zenzicはこのほど、英国の企業や大学など自動運転に関わる専門家250人以上の意見をとりまとめたレポート「Connected and Automated Roadmap to 2030」を近々公開することを発表。それに先立ち、自動運転車前提社会の実現において、専門家らが指摘する重要人材トップ10を明らかにした。

以下に示すのがそのトップ10人材だ。

AI倫理研究者/エンジニア、機械学習デベロッパー、コンピューター・サイエンティスト、スキルアップした自動車整備士、サイバーセキュリティ/エシカルハッカー、遠隔車両マネジャー、シミュレーション・モデリング・エンジニア、コミュニケーション・エンジニア、データアナリスト、テクノロジー・エデュケーター。

見慣れない職業がいくつかあり興味をそそられるのではないだろう。いくつかその詳細を見ていきたい。

自動運転車社会目指すZenzicのウェブサイト

AI倫理研究者/エンジニアは、現時点ではあまり注目されていない職業かもしれないが、自動運転車社会の実現において非常に重要な存在となる。AIを搭載した自動運転車が究極の選択を迫られるとき、そのAIの挙動はどのように正当化されるべきかなのか。

たとえば、外的要因または内的要因によって事故が避けられない状態に陥ったとき、自動車の中の人の命を優先するのか、または外にいる人の命を優先するのかといった問題が浮上する。この問題を考え、さらにその考えを実装するスキルが求められるようになるのは必然といえるだろう。

スキルアップした自動車整備士という視点も興味深い。現時点でZenzicによる詳述はないが、自動運転車がネットワークにつながることやAIによってコントロールされることを考えると、既存の自動車整備スキルに加え、通信や制御工学のスキルを持った人材が求められるようになると考えられる。

サイバーセキュリティ/エシカルハッカーも自動運転車社会を実現する上で非常に重要な職業となる。自動運転車はネットワークにつながることが想定されている。これによって自動運転の精度や利便性を高められると考えられているからだ。しかし、ネットワークにつながるということは、サイバー攻撃の対象になり得るということでもある。

ネットワーク上やソフトウェア上に脆弱性があり、悪意あるハッカーに攻撃された場合、制御を乗っ取られ凶器と化すことも十分に考えられる。暗号化によるセキュリティ強化やエシカルハッキングによる事前の脆弱性チェックができるスキルは、自動運転車社会で必須になるのは間違いないはずだ。

遠隔車両マネジャー。これは公共交通やロジスティクス分野で需要が高まることが考えられる。公共交通においては、各国で自動運転ミニバスの試験的運用が始まっている。将来、街中で多くの自動運転バスが走ることになった場合、運用管理や緊急対応できる人材が必要になるのではないだろうか。

Zenzicの代表ダニエル・ルイス氏は、自動運転車社会の実現が想定される2035年には、このような新しいスキルを持った人材の雇用が増加し、英国だけで520億ポンド(約7兆円)の経済効果が生まれると予想している。

英国の一部の大学ではすでに、こうした新しいスキル需要の高まりを想定し、スキルアップのための教育エコシステムを構築する動きが始まっているという。今後は「技術的失業」という悲観的な見方だけでなく、「技術的就業」とでもいえるポジティブな視点で、ロボット・AI時代の働き方を議論すべきなのかもしれない。

文:細谷元(Livit