2019年10月に第4の携帯キャリアとして、サービスをスタートする楽天傘下の楽天モバイル。サービスインまで半年を切り、徐々にその注目度が高まってきている。ドコモ、auは先日、通信料金と端末代金の完全分離、従来から最大4割の値下げなどを実現する新料金プランを発表したが、その価格設定の背景に見え隠れするのも、新参入する楽天モバイルへの警戒心だ。

楽天の三木谷浩史社長はこれまで折に触れ、楽天モバイルが「シンプルかつ格安スマホ並みの低料金を目指す」ことを明言している。莫大な投資を必要とする携帯キャリア事業へ最後発として参入するのに、なぜ他社が警戒するほどの安価な料金設定が可能なのか。その謎を紐解くキーワードのひとつが「ネットワーク仮想化(NFV:Network Functions Virtualisation)」だ。


楽天もバイルは今年2月、完全仮想化によるエンドツーエンドの通信実証実験に成功したことを報告した

サービスインに向けて様々な技術検証を行う専用施設「楽天クラウドイノベーションラボ」も設立

NFVとはごく簡単にいうと、これまで専用のネットワーク機器と一体化されていた機能をソフトウェア化し、汎用サーバー上で動作させることだ。携帯電話のネットワークを構築するには通常、物理的に電波をやり取りするアンテナなどのほか、基地局を構成する無線アクセスネットワークから、制御装置や交換機などのコアネットワークまで数多くの専用機器が必要で、その調達には莫大なコストがかかる。

仮想化すればコストを大幅に削減できるだけでなく、機能を基地局設備から切り離すことで基地局のスリム化も実現できる。さらにクラウド化によって遠隔での一斉管理ができるなど運用も大幅に省力化できるという。

ドコモなど既存のキャリアでも部分的なNFVの導入は進められているが、楽天モバイルはレガシーなシステムを持たない最後発であることを逆手に取り、最初からこのNFVやクラウド技術を全面的に用いて、基地局などのインフラを構築している。通信料金には設備投資以外にも様々な要素が反映されるため一概には言えないものの、このことが楽天モバイルの「シンプルかつ格安スマホ並みの低料金」実現の、根拠のひとつとなっているのは間違いない。

世界初となる完全仮想化クラウドネイティブネットワークを構築

NFVを全面的に用いた、完全仮想化とも言えるこのようなインフラを採用するのは、携帯キャリアでは楽天モバイルが世界初となる。今年2月、スペイン・バルセロナで開催されたモバイル見本市「MWC Barcelona 2019」の基調講演に登壇した三木谷社長は、自社のネットワークが完全仮想化かつクラウドネイティブなネットワークであること、すでに実証実験で安定した稼働を確認していることなどを紹介しつつ、その取り組みを「携帯電話業界における前人未踏の『アポロ計画』だ」と表現した。

多くの事業者がレガシーなシステムの上に5Gのネットワークを構築すべく奮闘する中、「楽天モバイルのネットワークは最初から『5G Ready』であり、ソフトウェアアップデートだけで5Gに対応できる」と説明。IT企業ならではの強味を活かした、既存の携帯キャリアとは全く異なるアプローチで新規参入することを強調した。

「MWC Barcelona 2019」の基調講演に登壇し、完全仮想化クラウドネイティブネットワークを紹介する三木谷社長

「MWC Barcelona 2019」のブースで展示された、汎用サーバーを用いた仮想化無線アクセスネットワーク

自社開発したというアンテナ設備を紹介する、楽天モバイルのタレック・アミンCTO

基調講演後に行われた日本メディア向けの説明会で三木谷社長は、完全仮想化クラウドネイティブネットワークについて、世界中の携帯キャリアから問い合わせを受けていると明かし、「まずは日本でしっかり立ち上げることが最優先だが、海外への展開も視野に入れている」と話した。またNFVのコスト削減以外のメリットとして「柔軟なシステムによって十分な通信スピードを確保できるほか、ネットワークの中にIoT向けの機能やリアルタイム通訳などの新しいサービスを埋め込むこともできる」と説明した。

続いてメディアの質問に応じた楽天モバイルの山田善久社長も、「クラウドネイティブネットワークの柔軟性は、5Gでその真価を発揮できる」と強調。「自身でいろいろなサービスを展開できるだけでなく、他の事業者が5Gを使ってなにかやりたいというときに、柔軟に連携できるのが最大の強味。面白いアイデアを実現するには、我々のクラウドネイティブネットワークが適している」と、5G時代に向けて自信を見せた。

自前でのスピーディーな全国展開が5G時代の明暗を分ける鍵

楽天モバイルは4月、他の携帯キャリアとともに総務省から、5Gに向けた新たな周波数帯の割り当てを受けた。この割り当てでは「都市部・地方部を問わず、5Gの特性を活かした多様なサービスの広範かつ着実な普及に努めること」など、各社共通の9つの条件が付与されている。楽天モバイルに対してはさらに「自らネットワークを構築して事業展開を図るという原則に従い、基地局の着実な開設に努めること」など、基地局の整備や人員、資金の確保について4つの条件が追加されている。

楽天ではグループ全体から数百名規模の人員を投入し、基地局の設置場所確保に取り組んでいる

楽天モバイルはまずは東名阪を中心に集中して基地局を開設し、他のエリアについてはサービスイン当初、KDDIのネットワークをローミング利用する計画だ。KDDIとの提携期間の期日となる2026年3月末までには、自前での全国ネットワークを構築するとしている。

前述したように5Gでは電波の割り当て条件として都市部だけでなく、地方も含めた展開が求められている。何よりローミングでは、完全仮想化クラウドネイティブネットワークが活かせず、三木谷社長の言う「柔軟なシステムによる新しいサービス」も、山田社長の言う「他の事業者との柔軟な連携」も提供できない。5Gで真価を発揮するためにも、一日も早い全国展開が不可欠なのは言うまでもないだろう。

三木谷社長はこれまで、基地局展開の進捗状況について、メディアから質問されるたびに「ロードマップ通り、順調に進んでいる」と繰り返してきたが、果たしてどうか。完全仮想化によるミッションクリティカルなネットワークは本当に実現可能なのか。エリア展開は?料金はどうなるのか?楽天モバイルの『アポロ計画』に、日本だけでなく世界からも熱い視線が注がれている。

取材・文/太田百合子