「音楽フェスについて理解すれば、マーケティングに関する最新の知見が得られる」

そんなふうに言われたら、あなたはどのように感じるだろうか?

たくさんのアーティストが複数のステージに分かれて1日中演奏を行い、それを客席の最前列で楽しむオーディエンスもいれば、その周辺でビールを飲んだり食事をしたり、場合によっては昼寝をしたりもしながらのんびり楽しむ人たちがいる。そんな「フェス」の風景は、音楽ファンの枠を超えてだいぶ一般的に浸透してきたように思う。

「夏フェス」という呼称も8月に行われるFUJI ROCK FESTIAL、SUMMER SONIC、ROCK IN JAPAN FESTIVALといった大型フェスの存在とともに広まりつつあるが、最近では「冬フェス」、「春フェス」も娯楽の一つとして定着し始めている。10連休となった今年のゴールデンウィークにも、首都圏ではVIVA LA ROCK(さいたまスーパーアリーナ)、JAPAN JAM(千葉市蘇我スポーツ公園)といった1日で万単位の動員を記録するフェスが複数開催された。

90年代後半から現在にかけて大きく成長した音楽フェスというエンタテインメントには、様々な領域におけるマーケティングについて参考になるフレームワークが多数埋め込まれている。本稿では、音楽フェスを「楽しく遊べる場所」ではなくて「現代的なビジネスのあり方についての教科書」として捉えなおしてみたい。

「C/E/C」が支える音楽フェス

今では日本中で多数開催されている音楽フェスの源流をさかのぼると、1997年に初めて開催されたFUJI ROCK FESTIAL(以下フジロック)にたどり着く。もっとも、当時のフジロックは、「夏のいけてるレジャー」としてのポジションを獲得している現在とは全く趣の異なるもの。

富士山のふもと(この年の会場は山梨県富士天神山スキー場)という会場特性を考慮せずにTシャツ・短パンという軽装の参加者がただただ海外の有名アーティストを見るためだけに殺到し、しかもその日は台風の影響で荒天になったこともあってイベントとしての運営そのものが困難に。2日間開催されるはずが初日のみでの中止を余儀なくされた。

フジロックは翌98年に東京・豊洲での開催を経て、99年から現在の会場である苗場スキー場に定着(そこには堤義明を筆頭とするプリンスホテルの全面的な協力もあった)。同じく99年に北海道でRISING SUN ROCK FESTIVAL、2000年にはSUMMER SONICとROCK IN JAPAN FESTIVALがスタートし、「4大フェス」と呼ばれる日本を代表するフェスが出そろう。その後約20年間でこれらのフェスの動員は約3倍に膨れ上がり、並行して日本中にフェスが乱立することで「フェスマーケット」ができ上がった。


FUJI ROCK公式Instagram より 2018年開催の様子

前述した初回フジロックとは大きく形を変えて世間に支持されている現在のフェスの提供価値を分類すると、下記の3つになる。

①Contents(コンテンツ):出演者

まずは大前提として、大物アーティストから期待の新鋭まで様々なタイプのアーティストがずらりと揃っていること自体がフェスが提供する楽しみの一つである。「タイムテーブルを眺めること」自体がひとつの娯楽となるという側面もあり、自分が行かないフェスのタイムテーブルを見ながらどういうプランでステージを回るか想像するだけでも十分に楽しい。

②Experience(エクスペリエンス):出演者以外の環境(衣食住)

通常のライブであれば「その出演者を見ることができる」ことが提供する価値の大半を占めるはずだが、フェスにおいては出演者以外の環境全体が参加者に楽しみや喜びをもたらす要素の一つとなる。基本的には下記の3つに整理できるだろう。

衣:グッズ、ファッション(公式のTシャツやタオル、おしゃれなアウトドアブランドなど)
食:食事(「フェス飯」と呼ばれる多様なケータリング、地元の名産品など)
住:立地やインフラ(野外にもかかわらず快適なトイレ、インスタ映えにつながるオブジェなど)

③Communication(コミュニケーション):参加者間のコミュニケーション

ともに参加する友人知人間のつながりのみならず、「SNS上の知らない人たちとのコミュニケーション(RTやいいね!の獲得含む)」「会場での偶発的なコミュニケーション(古い知人とたまたま出会ってビールを飲む、同じライブを見ていた初対面の人とハイタッチをする)」など、フェスでしか起こり得ないコミュニケーションにも重要な価値がある。

この3つの要素がフェスの開催前から終了後に至るまで絡み合っているのがフェスの魅力である(図①参照)。


図①:3つの価値観と時間軸の整理

「協奏のサイクル」を生み出した「主役は参加者」

前述のとおり、「コンテンツ」だけでなく「そのコンテンツを提供する過程でのエクスペリエンス」「コンテンツおよびエクスペリエンスに付随するコミュニケーション」まで設計されたイベントが夏フェスである。

一方で、この状況はフェス主催者が意図して形作ったわけでは必ずしもない。もともとは「豪華出演者を楽しむため(だけ)のイベント」だったフェスが、美味しいご飯と仲間との夏気分を楽しむ空間として広く認知されるようになったのはなぜか?そこにさらに一期一会の出会いの場というような側面が付与されたのはなぜか?

この問いに答えるにあたって示したいのが、「協奏のサイクル」という考え方である(図②)。

「協奏のサイクル」は5つの要素によって成り立っている。

1.商品/サービスの提供
2.ユーザーによる顕在化していない価値への着目
3.ユーザー起点での新たな遊び方の創出(異なる概念との組み合わせ含む)
4.企業が当初想定していたクラスターとは異なる層によるファンベースの拡大
5.企業による新たなユーザー層・楽しみ方の取り込みとそれに合わせたリポジショニング


図②:協奏のサイクル

特に着目すべきは、フェスの中に存在する小さな種火のようなものを参加者が拾い上げて独自に大きくしていった、ということではないだろうか。

「フェスはライブ以外のことも楽しい」という一部メディアで言われていた話を「音楽がわからなくてもそっちで楽しめばいい」と拡大解釈したり、普段とは違うロケーション・違う服装で写真を撮ればSNSにアップしやすいと考えたり、あまり知らないアーティストの音楽だったとしてもその場でわいわいしてフィジカルな楽しさを覚えることに意味を見出したり……

そして、参加者がいわば「発見」したフェスの価値を、運営側はスムーズに受け入れていった。その結果が、今のフェスでは当たり前となっている動線の整備や飲食面のさらなる充実のための投資である。もしも「いろいろ用意してくれているのは分かるけど、自分たちはとにかくライブがしっかり見れるのであればOK」というような参加者が大半だったのであれば、このような取り組みはここまで行われていなかったはずである。

参加者が自主的に楽しみを見つけてフェスの価値を(ある意味では勝手に)拡張し、運営側もそれを追認する。参加者と運営側がどちらからともなく連携することで、フェスは形を変えながら成長してきた。

このサイクルが機能してきた背景には、日本のフェス特有の「参加者が主役」という考え方があると思われる。フェスに来る人達は「お客様」であると同時に「一緒にフェスを作るパートナー」でもあるという思想は、90年代後半のフェス黎明期から一貫してそれぞれのフェス主催者より発信されてきた。主体性を認められた参加者の存在こそがフェスというイベントの特徴であり、またフェスマーケットがここまで拡大してきた重要なファクターでもある。

フェスビジネスから学ぶべき3つの視点

「C/E/C」「協奏のサイクル」「参加者は事業のパートナー」。フェスマーケットの拡大を支えてきたこれらの考え方は、広く様々なビジネスにおいても転用ができると言えるだろう。

①提供価値の拡張

「大物のライブ」が売りだったフェスがいつしか「空間そのものを楽しめるレジャー」に変わっていったプロセスは、「メインコンテンツだけでなく、その伝え方やユーザー同士のやり取りまで設計することでビジネスをドライブさせる」ためのヒントとなる。たとえば自身が関わっているビジネスの「Contents」「Experience」「Communication」を改めて定義することで、新たな展開を模索するヒントを得られるはずである。

ここでポイントとなるのが「Communication」の設計である。「Contents」+「Experience」という観点については、たとえば「コーヒー」に「居心地の良い空間」という付加価値を加えたスターバックスや以降のサードウェーブコーヒーなどの成功例があるが、ユーザー同士の結びつきを強化することで商品やサービスへのロイヤリティを高める施策を人為的に行うことはなかなか難しい。SNSを通じてユーザー間のやり取りなどを観察しながら、「公式に取り込める動き」を見つけ出すことができるかが鍵となる。「コーラにメントスを入れると爆発する」というユーザーの非公式な楽しみ方を正式にキャンペーンとして採用した「メントスガイザー」などが一つのサンプルとなる。


mentos Youtubeチャンネルより

②「ファンダム」との付き合い方

①で触れたようなユーザー間の結びつきを考えるうえで重要な概念となるのが「ファンダム」である。最近様々なジャンルで「ファンダム」という言葉がよく使われるようになっている(2017年に日本で訳書がリリースされた『ファンダム・レボリューション SNS時代の新たな熱狂』がひとつのきっかけの要素かもしれない)。

現在の「ファン」は、積極的に情報交換をし、自分たちで新しい楽しみ方を生み出す(二次創作など)、非常に主体的な存在である。そういった「ファン」たちとの相互作用をうまく利用してきたのがフェスである、というのはここまで述べた通りだが、この視点は(たとえBtoBであっても)全てのビジネスにおいて考慮すべきポイントである。ユーザーを「攻略すべき敵」ではなく「ともに事業を作るパートナー」と位置づけることで、マーケットからより豊かな情報を得ることができる。

③顧客の「本音」をいかにキャッチするか

「協奏のサイクル」をより加速させるための取り組みとして、ロックインジャパンは公式アプリの機能「マイタイムテーブル」(自身の見たいアーティストを登録してオリジナルのタイムテーブルを作成)を通じて出演アーティストの人気をチェックしている。

明言されてはいないものの、おそらくその情報を翌年以降のブッキングにも利用している可能性が高い。「アンケートといった形式的な手法を採らずにいかにユーザーの行動を把握するか」「そしてそれをどのようにビジネスに活用するか」という観点は「データを重視するマーケティング手法」の根幹となる考え方であり、オンライン・オフラインそれぞれの場面で顧客の「本音」を拾い上げるための仕組み作りがより重要になる。

日本全体が停滞してきたと言っても過言ではない平成時代の後半、フェスはそんな時代の流れの例外として右肩上がりの成長を続けてきた。その裏側には、「メインコンテンツの周辺まで提供価値を拡張する」「参加者をパートナーと捉えて協奏のサイクルを回す」という勝ちパターンが潜んでいる。これらの考え方を汎用的なものと位置づけて応用することで、顧客との関係をより強固にしながら効果的なマーケティング活動を行えるのではないだろうか。

文:レジー
参照:『夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』