アメリカの生鮮食品業界の年間市場規模は約8,000億USドル(約89兆円)、さらに広く飲食業界にいたっては約1.5兆USドル(約165兆円)。

多人種の人びとが暮らすアメリカでは、バラエティー豊かな食文化が存在することから、毎年さまざまなフードトレンドが生まれる。食に関わるあらゆる業界・企業が今の流行り、そして、今後のトレンドを把握しようと必死だ。

これまでの情報収集は、顧客アンケートなどアナログな方法がメインだったが、それだと集めるのに時間がかかるうえ、トレンドの規模や深度、範囲において正確さを欠いてしまいがち。

そんな中、今、AIベースのデータサービスを提供するスタートアップが登場し、飲食業界の各種プレイヤーのニーズに応え、注目を集めている。

AIとマシーンラーニングがリアルな流行を分析

イスラエル・テルアビブベースのスタートアップ「Tastewise」は、AIとマシーンラーニングで未来のフードトレンドを予測、レストランや食品メーカーなどはその情報をもとに、顧客の需要にあったメニュー、商品作りにタイムリーに反映できるというもの。

このプラットフォームの優れている点は、毎日昼夜を問わず、インターネット上に投稿される1億枚を超える食べ物の写真に、15万枚を超えるアメリカのレストランのメニュー、そして100万以上ののレシピから、「人びとが夢中になっている食べ物をリアルタイムでキャッチできる」点だ。

同社CEOを務めるAlon Chen氏は、以前グーグルに籍を置き、27のマーケットでGoogle Partners プログラムを立ち上げた実績を持つ敏腕マーケター。

「レストラン市場はとても大きいし、競合も多い。だからこそ、誰もが他者より一歩先を行くための情報を求めている。それを可能にするのが、われわれのテクノロジーだ」と、Forbeに対して語る。


Tastewise(同社公式Webサイトより) 

Chen氏によると、アメリカのレストランに対するヘルシーフードの需要だけで、年間90億USドル(約9,900億円)の規模があるという。

中でも、例えばフィラデルフィア州にはヘルシーフードを扱うダイナーが少なく、より多くオーガニックのメニューを導入すれば、試算上は5,300万USドル(約58億円)の需要を満たせると話す。

さらに同社は、家庭とレストランの間にある「ヘルシー」に対する意識の差や、地域による食文化の違いなども考慮に入れた総体的なデータ分析を行っており、すでにレストランや食品メーカーに対して、世間の嗜好の変化や新しい食材などの情報を提供している。
 
実は飲食業界には、AIが活用されている事例はすでにあった。

「Analytical Flavor Systems」は食品工場の製造プロセスにおいて、食品のクオリティーに影響を与える微量な成分をディープラーニングで判定するシステムを考案。

アメリカの大手スパイスメーカー「McCormick」も、IBMと手を組んで新しいスパイスの開発にAIとマシーンラーニングを活用することを明らかにしている。

しかし、Tastewiseがこれらの企業と一線を画しているのは、やはり「リアルなトレンド情報」を提供できる点だろう。

フードトレンドは、どこからやってくる?

以前、ヘルシーブームによりベーコンの売り上げが落ちていたことに危機を感じたアメリカの養豚業界が、ファストフード店向けに温めるだけで使用できるハンバーガー用の「カリカリのベーコン」を開発し、ヒットしたことがあった。

これは業界が仕掛けてヒットしたフードトレンドの典型例で、以前はこのように、食品メーカーや大手飲食店、スターシェフなどが考案するトレンドが「トップダウン的」に広まることが多かったように思う。

しかし、今はSNSが普及し、誰もが同じように情報を発信できるようになったため、フードトレンドの発生方法は以前よりも複雑化し、それゆえ把握しにくくなっている。

例えば、日本で2015年ごろに大手レシピサイトのクックパッドに投稿されたレシピがきっかけで流行った「おにぎらず」もそれに当たる。

クックパッド社によると初めてそのレシピが投稿されたのが2014年9月。おにぎりよりも握る手間が省けることに加え、たくさんの具が挟める点、さらに切ったときの断面が写真映えすることからインスタグラム上で一気にその人気は拡大した。

2015年には多くのメディアが取り上げ、海苔メーカーからおにぎらず専用のりが発売されたり、おにぎらずを簡単に作れる器具を売り出すメーカーが出始めた。

おにぎらずの起源をたどると、1990年に発売された漫画『クッキングパパ』のストーリーで初出したものだというから、それから25年後に、まさか一般消費者のアクションをきっかけにブームが起こるとは、誰が予想できただろうか。

Tastewiseの強みは、このようなSNS発祥のブームもキャッチできる点だ。

例えば、同社が今注目している食材の一つが「ボーンマロウ(骨髄)」。もとはフランス料理でよく使われ、アメリカでは一部の限られた地域でしか人気のなかったボーンマロウだが、高脂肪で栄養価が高いため、穀物や乳製品を食事から除く食事制限法である「ケト」や「パレオ」を実践している層に注目され、近年消費が増えているのだそうだ。

ボーンマロウは2017年から2018年にかけて、SNS上では19%の露出増、アメリカのレストランのメニューでは2%増えたという。

また同じ原理で、「トリュフ」ももとはイタリア料理で使用される高級食材という認識に留まっていたものが、今ではハンバーガー店などでもトリュフオイルを使ったフライドポテトを提供する店が多くみられるなど、2017~2018年にかけて、SNS上で66%、レストランでは5%、露出が増加し、一躍ポピュラーな食材の仲間入りを果たした。

Chen氏が予測する、次のトレンドは中東のソース「ゾーグ」。

砂糖不使用でグルテンフリーであることから「クリーンイーティング」(遺伝子組み換えでないものやホルモン剤不使用なものなど、ナチュラルな食べ物を摂取しようという文化)のトレンドにも合致しており、間違いなく、近年大ブームを経て定番化したタイ発祥の「スリラチャソース」のポジションにまで成長するはずだと、Forbeに語る。


生鮮食品小売り大手の「トレーダージョーズ」からもすでに発売されているゾーグ(トレーダージョーズの公式ウェブサイトより)

今後はレトルト食品分野への参入に注力

同社はすでにマリオット・インターナショナル傘下でワールドワイドに飲食店のコンサルティングを手掛ける「Pure Grey」を顧客に持ち、すでにマリオット系列のホテルではTastewiseのAI分析に基づいた料理や飲み物に差し替えられるなど、着実に実績を作っている。

さらにアメリカでは今ミールキット市場が下火な一方で、空前の「レトルト食品ブーム」。

忙しい共働き家庭の需要に応えるべく、多くの食品メーカーがよりヘルシーで美味しいレトルト食品の開発に力を入れ、スーパーマーケットやホテル内のレストラン、売店コーナーなどでもレトルトを取り扱う量が年々増加傾向にある。

Tastewiseは冷凍食品を含むレトルト食品市場は今後も伸び続けると予測していており、今後はこの領域に注力する計画だという。

確かにヘルシー食材を多く取り扱う生鮮食品大手の「ホールフーズマーケット」に行くと、オーガニックなものや健康食材を使ったレトルトはよく見られるし、パンケーキやピザなどのアメリカ食はもちろんのこと、メキシカンやアジア系などジャンルの幅も広がっている。

しかし、まだまだ定番メニューが多いイメージがあるため、流行の味つけに対する潜在的需要は大きいだろう。


Amazonでもあらゆるジャンルのレトルト食品が販売されている

「料理」という、どこか感覚的な分野とデータサイエンスは、一見すると相性が良くないように思われるかもしれないが、大衆のニーズを掴むという意味では、データに基づいたアプローチが最適だったということか。

今やさまざまな分野で導入されているAIやマシーンラーニングだが、飲食業界も同様に、今後はデータドリブンで効率的なメニュー開発などが、スタンダードになってくるかもしれない。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit