「旅行」という言葉を聞いて私たちの多くがイメージするのは、観光地の多い都市で、どこへ行くにも便利な好立地のホテルに滞在し、限られた時間の中でいろんな場所に足を運ぶ。もしくは、海の綺麗なリゾートで、最高のおもてなしを提供するホテルに泊まり、ゆったり過ごす、というような旅のかたちだろう。

いずれにせよ、泊まる場所は清潔で快適な場所であることがベストで、旅行の重要な要素と言っても過言ではない。

ホテルはある場所に建てられ、そこからは動かないものであり、それらの外観、雰囲気、サービスなどを吟味して、すでにある中からどこに滞在するかを選ぶというのが定番である。

しかし近年、その定番を覆すような新しいホテルのかたちが増えているという。

現代人のニーズにハマる快適なのに冒険的なホテル

日々人が多く忙しない都市部で過ごす人々は、旅行のときぐらいは喧噪から離れて、静かな場所で過ごしたいと思うのは必然に感じられる。

アドベンチャーホテル、ポップアップホテルと呼ばれるサービスは、大自然の中に移転可能な宿泊場所を設置してそこに滞在するサービスである。

都市部では触れ合うことのできない豊かな自然、そして見渡す限りそこにいる人間は自分たちだけという誰にも邪魔されない空間が確保できるのが魅力だ。

また、異国の地で、普段はアクセスしないような右も左も分からないところに身を置くという冒険的な部分もあり、アドベンチャー志向の人々の注目も集めつつある。

さらに、変動する地球の環境への配慮もなされている。宿泊時に必要な電力は太陽光発電、水の再利用などだ。普段は意識していない人でも、この宿泊を気に自然をより身近に感じ、考え方も変わるのではないかと思う。

では、現在あるアドベンチャーホテルの中から一部をご紹介しよう。

どこに泊まるかは運次第 ベルギー発キャビンホテル

ベルギーに拠点を置くSlow Cabinは、牧歌的な風景の中にキャビン(カプセル型の宿泊施設)を建て、そこに宿泊できるサービスだ。

このサービスの特徴は、予約するまでは一体ベルギーのどこに滞在するのかは分からず、予約完了後に初めて場所が知らされるという点だ。場所を知らされたとしても泊まる場所は大自然のど真ん中、実際に行ってみるまでは分からないドキドキわくわく感が、冒険心の強い旅行者を惹きつけているようだ。

泊まるキャビンは木製で、室内も木でできた暖かみのあるインテリアで統一されている。コンパクトながらも、キッチン、トイレなどの生活に必要な設備は一通り揃っている。

電力は屋根に取り付けられたソーラーパネルによる太陽光発電、またトイレは水・電気を必要としないドライトイレで、環境への配慮もバッチリだ。

キャビン内には、テレビ、Wi-Fiはない。そのため、外との繋がりを断って、何にも邪魔されずに過ごすにはもってこいの環境である。

その分娯楽も少ないが、大きな窓からたっぷり入ってくる自然光で読書、キャビンの外でたき火、もしくは何もしないでボーッとする時間があっても良いのではないだろうか。

このキャビンはどこにでも設置可能だ。サイズは2種類あり、2人用1泊175ユーロ(約22,000円)、ファミリー用(3~5人)1泊185ユーロ(約24,000円)で宿泊可能だ。Slow Cabinは、今後はベルギーを飛び出し、ヨーロッパ中に展開する予定である。

穴場ビーチへご招待、豪華キャンピングカー

サーフィンをする人であれば、ひとつのビーチ近くのオーシャンビューのコンドミニアムに泊まるか、それともより良い波を求めて狭いキャンピングカーで移動するか、どちらにするか迷うところだろう。

だが、ダニエラ・カルネイロとエドゥアルド・リベイロの、ポルトガル人カップルによるTruck Surf Hotelでは、この2つを同時に満喫することができる。

2人は長年旅をしてきたサーファーで、宿泊者は彼らのキャンピングカーで一緒に旅をする。夏から秋にかけてはポルトガルの南海岸の各地に訪れ、サーフィンはもちろん、トレッキング、登山などのアウトドアスポーツも楽しめる。

冬から春にかけては、行き先をアフリカ大陸のモロッコに変え、ビーチはもちろん、砂漠など、ヨーロッパにはない自然に囲まれた空間を楽しむ。いずれの場合も、各地の名物料理を楽しむことを忘れてはならない。

移動手段兼、宿泊場所となるキャンピングカーは、一見通常の車だが、停車すると横に、そして縦にも拡張して、2階建ての宿泊施設に変身する。2階には個室があり、1階はキッチンなどが備え付けられたリビングスペースだ。

車の中であることを忘れるような充分な広さのある空間で、外に目を向ければいつでもオーシャンビューというのだからたまらない。

ダニエラとエドゥアルドは、旅の面白さは、新しい人々との出会いにもあるという。車内のリビングスペースは、食事を取ることはもちろん、同じ時期に友に旅をする者同士の交流の場にもなっている。

Truck Surf Hotelは、各地をキャンピングカーで訪れ、サーフィンをし、その土地の文化に触れ、新たな友達を作る、そんな2人のスタイルを共有し、共に楽しむためのサービスだ。人の少ない穴場のビーチ、またポルトガル、モロッコの海辺の街を知り尽くした2人がいるため、安心感があるのも嬉しいポイントだ。

宿泊費用は、シングルベッドステイが1週間で499ユーロ(約64,000円)だ。

参加者を驚かせたい!キャンプと高級ホテルの融合

スイスに拠点を置くAmazing Escapesは、従来の旅行代理店であり、キャンプ用品店でもあった。ある日、お客さんから「私を驚かせるような旅を企画して欲しい」と言われたことから、自然の中にテントを建て、そこで高級ホテル顔負けのサービスを提供することを考えついたという。

同社でマネージメントを行うヴィンセント・レイジャーは、「現代の人々は周囲との繋がりをシャットアウトして、どこかに迷い込んだような気分になりたいと思っている。それでいて快適さも求めている」と語る。その要望を叶えるのが、誰もおらず、インフラも整っていない場所で、最高のおもてなしをする、というこのサービスだという。


スイス、ヴェルビエの草原に建つ測地学テント

宿泊場所となるテントは、家族で泊まるのもよし、友人同士で泊まるのもよしで、どの人数にも対応可能だ。種類も豊富で、測地学者たちが使用するようなドーム、ゴム性で中に空気を入れて膨らます透明のボール状のテント、中央アジアの遊牧民族が使う移動式のテントなど、形も趣もさまざまである。

もちろん、どのテントを使用するかは、キャンプ地となる場所に合わせて選んでいる。寒さの厳しい北欧のラップランドで、サーミ人の生活に倣って、ドーム型テントに宿泊する、というツアーも行われたようで、非常に冒険心の強い人でないと実際に参加することはないだろう。

それだけ聞くと、もう旅行というよりも冒険、修行のようなイメージを持つが、この手つかずの自然に建てられたテントの中で、快適な時間を過ごせるというのが何よりの魅力である。

全てのテントには、お湯のシャワーも出るバスルームが完備されている。移動式のソーラーパネルによって水が温められ、その水はリサイクルされるという、環境への配慮も徹底している。

ベッドのマットレスやリネンは、5つ星ホテル級のものを使用しているため、寝心地は文句なしだろう。肌触りの良い床、統一感のあるインテリアなど、同社のデザインチームが手がけた室内は、「テントは簡易的なもの」という従来のイメージを覆すものだ。

ただし、ただ快適な空間をするだけであれば、すでに多くのホテルが行っていることだ。ヴィンセントは「快適さと冒険的な部分のバランスが大事だ」と語る。「嵐が来たらどうするって?最高じゃないか。安心できる空間の外に連れ出すのも僕たちの仕事だよ」。

自然は人間の想像をはるかに超えるものだ。参加するのであれば、覚悟は必要なようだ。

宿泊費用はツアーによって差があるが、一人あたり6泊で9,900米ドル(約110万円)~となっている(全て込み)。

これまで紹介した3つのサービス以外にも、アドベンチャーホテル、ポップアップホテルを提供する企業は存在している。

従来のホテルと比較して費用はかかってしまうものの、新たな試みの数々を魅力的に感じることだろう。さらに多くの人々がこのサービスを知って需要が高まれば、手がける企業も増え、価格も下がっていくのではないかと期待している。

文:泉未来
編集:岡徳之(Livit