映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』、主人公のマーティーが2015年の未来で、自分の息子マーティ・ジュニアが窃盗で逮捕され、その後2時間で有罪判決になったというニュースを見て、驚くシーンがある。

ホバーボードや空飛ぶ自動車、またホログラフや犬散歩ロボットなど、さまざまなテクノロジーが登場する未来の世界。通常何週間、ときには何年もかかる裁判もテクノロジーの力で数時間以内に終わるだろうという脚本家や監督らの未来予測を描写したシーンだ。

2015年は過ぎてしまったが、空飛ぶ自動車などこの映画に登場したテクノロジーは着々と開発が進んでおり、数年以内に実用化される見込みだ。

そして、このところ目立った動きがなかった法律分野でも、テクノロジーの導入が進められており、映画の世界が実現する可能性が出てきた。

それを示唆するのが、中国における「ネット裁判所」の登場だ。

杭州と北京に登場、人工知能を活用するネット裁判所

2018年9月9日、北京・豊台区で「北京インターネット裁判所」が発足した。顔認識や音声認識技術が導入されたハイテク・ネット裁判所だ。


北京インターネット裁判所ウェブサイト

チャイナ・デイリーによると、9月9日午前10時にオープン、その後午後6時までに207件の訴状が提出され、ウェブサイトへのアクセスは20万を超えたという。

訴状の1つには、日本でも人気の高い短編動画アプリ「TikTok」によるものが含まている。

TikTokによる訴状によると、同アプリ内で配信されている動画が、他のオンラインプラットフォーム上でダウンロード/配信されており、それが著作権を侵害しているという。TikTokは、著作権侵害行為の停止と100万元(約1,650万円)の罰金を要求。訴状や関連書類はすべてオンライン上で提出され、翌日には裁判所から訴状を受理したことが伝えられた。

北京ネット裁判所では、このようなオンライン上の著作権侵害や金融、Eコマースに関わる争議を扱うという。

中国では、この北京ネット裁判所が登場する1年前に杭州で中国初のネット裁判所が設立され、そこでの試験運用が実施されてきた。

杭州ネット裁判所も同様に、オンライン関連の争議を扱っており、2018年8月末時点の裁判件数は1万2,100件を超えたという。このうち1万件ほどが終結した。裁判にかかった平均日数は41日と中国の一般的な裁判に要する日数の半分まで短縮。また、オンライン法定審議は平均28分と、通常の40%ほどの時間で完了。ネット裁判の効率性を示す結果となった。


杭州ネット裁判所のウェブサイト

ネット裁判所では、裁判官、原告、被告、すべての当事者たちがオンラインでつながっており、パソコンやスマホで法定審問に参加することができる。顔認証、音声認証、電子署名で本人確認を行う。

北京ネット裁判所では、ビッグデータや人工知能を用いた訴訟リスク評価ツールのほか、機械翻訳や音声インタラクション技術を活用した訴訟関連書類の自動作成機能が提供されるようだ。

新華社通信によると、2017年北京だけでEコマースやオンラインサービスに関わる訴訟が4万5,000件以上発生。2018年1〜8月ですでに3万7,000件に達しており、同期比では24%も増加している。

中国全体でも訴訟件数が増加傾向にあり、当局はネット裁判を通じて裁判プロセスを迅速化したい考えだ。杭州、北京に続き広州で3番目のネット裁判所の開設が準備されているともいわれている。

弁護士の数より速く増加する訴訟数

中国では訴訟が年々増加している状況だが、海外に比べ弁護士の数が少なく、訴訟プロセスを効率化できるネット裁判所の需要はこの先も高まっていくと考えられる。

新華社通信が2017年1月に伝えた中国全国弁護士協会のデータによると、中国国内の弁護士数は年間9%ほどで増加し、30万人に達したと伝えている。

最高裁判所に相当する中国・最高人民法院が2016年3月に公表したデータでは、2015年の民事訴訟数は1,100万件(一審、二審、再審を含む)と前年比で22%増加していることが判明している。刑事訴訟などすべての裁判を含む場合、その数は1,765万件、前年比増加率は23%となる。訴訟の増加率が弁護士の増加率を上回っていることが分かる。

また、国民10万人あたりの弁護士数を比べてみても、欧米諸国と大きな開きがある。

ハーバード・ロースクールのマーク・ラムザイヤー教授らがまとめた2010年の研究レポートによると、各国の国民10万人あたりの弁護士数は、米国391人、オーストラリア357人、英国251人、フランス72人、カナダ26人、日本23人だった。同じ計算を当てはめると、中国は21人となり、かなり少ないことが分かる。

ちなみに米国は「訴訟大国」と呼ばれることがあるが、国民1,000人あたりの訴訟率では欧州の方が高いことを示唆する研究もある。

保険サービス会社クレメンツのレポートはクリスチャン・ボルシュガー氏の研究に言及、1,000人あたりの訴訟率がもっとも高いのは123件のドイツと紹介している。2位以下は、スウェーデン111件、イスラエル96件、オーストラリア95件、米国74件、英国64件、デンマーク62件などとなっている。

最高人民法院によると、2017年中国全土の裁判所への訪問回数は2,250万回を超え、移動費用だけで5億5,000万元(約90億円)が費やされ、総移動時間は4,670万時間に達した。また、判決に関わる書類は1億2,600万枚も発行されたという。

ネット裁判所は弁護士不足を補うだけでなく、これらのコストを削減することでも大きな期待が寄せられている。運用が始まったばかりのネット裁判所がどのように発展・普及していくのか、今後の展開に注目していきたい。

文:細谷元(Livit