ソーシャル・エンタープライズ、つまり営利ではなく社会への貢献を主目的とする社会的企業は、これまでボランティア的なイメージが先行し、ビジネスとしての拡張性・影響力に限界があるという見方が多かった。

しかし、オランダではこの数年でそのようなイメージが刷新され、ソーシャル・エンタープライズが経済にもインパクトを与えるアクティブなものになっているようだ。

なぜ今オランダでソーシャル・エンタープライズが盛り上がっているのか、アムステルダム市など行政側の取り組みも含め、その最新動向に迫っていきたい。

2万5,000人の雇用と35億ユーロの売上を生み出すソーシャル・エンタープライズ


フェアトレードでのチョコレート作りを徹底する「Tony’s Chocolonely」

マッキンゼーの調査によると、オランダではソーシャル・エンタープライズによって2010年以降約2万5,000人の雇用が生まれ、約35億ユーロもの売上が計上されているという。

その存在感は既存の大手企業をも脅かすものになっており、たとえばオランダで「最もインスピレーショナルな企業40社」を選出する2016年のランキングでは、常連のIKEAやAppleなどを抑え、フェアトレードによるチョコレート製造を手掛けるTony’s Chocolonelyが第1位を獲得している。

他にも再生可能エネルギーに特化した自動車や船舶を手掛ける「New Electric」や、プラスチックを使わず100%オーガニックコットンで女性用生理用品を開発している「Yoni.care」などもオランダ内で高い評価を受け、様々なランキングや賞に選ばれている。
さらに、「最も倫理的でエコなスマートフォン」として国際社会で知名度を上げつつある「FairPhone」もオランダのソーシャル・エンタープライズのひとつだ。

アムステルダム市がソーシャル・エンタープライズを強力に支援


ソーシャル・エンタープライズについて紹介するアムステルダム市作成のビデオ

先ほど名前を挙げたソーシャル・エンタープライズはいずれも創業からまだ10年程度(Yoni.careは創業5年未満)で、若い世代の起業家たちが中心的な役割を担っている。

オランダで社会起業が活性化しているのは、オランダ最大の都市であるアムステルダム市行政の取り組みが寄与するところも大きい。アムステルダム市は世界一のソーシャル・エンタープライズ中心地となるべく、「Amsterdam Impact」というキャッチフレーズの下、積極的に若い社会起業家たちの支援を行っている。

「Amsterdam Impact」で掲げられているアムステルダム市のアクションプランの内容をいくつかみてみよう。


起業家たちが集まる「Impact Hub Amsterdam」

【環境整備】

  • ソーシャル・エンタープライズ向けのワークスペース整備
  • コワーキングスペースImpact Hub Amsterdamを拡張し、新たに1,500㎡のスペースを社会起業家向けに整備、300名が利用可能に

  • 社会起業家向け情報ポータルサイトやアプリの開発
  • ソーシャル・エンタープライズの定義を明確にし、条件を満たすスタートアップに固有の会社コードを発行

【人材獲得・資金調達支援】

  • 協業先や取引先、社員、投資家などを獲得するためのミーティングやマッチングイベントを開催
  • ソーシャル・エンタープライズに関する国際コンペティションを毎年開催
  • ソーシャル・エンタープライズが各フェーズで十分な資金調達ができるような公的ファンドの立ち上げ

【教育プログラム】

  • アクセラレータプログラムGlobal Impact Business Fellowshipを立ち上げ、「Healthy Lifestyle 0-100」「Urban Green」「Clean Air and Mobility」「E-health & Care」という4つのサブテーマ毎にプログラムを開始
  • 既存の起業家向け教育・トレーニングツールをAmsterdam Impactのポータルに搭載
  • 社会起業家間の交流イベントやコーチングプログラムを企画

世界一の社会起業拠点としての地位確立を目指すアムステルダム市


(動画)2016年9月に行われたソーシャル・エンタープライズと投資家の交流イベントの様子

ソーシャル・エンタープライズを支援するアムステルダム市の動きをみていて驚くのは、そのスピード感と具体性だ。「Amsterdam Impact」のアクションプランがアムステルダム市議会で可決されたのは2015年11月のことだが、それから約1年半後の2017年6月に発行された経過報告書ではアクションプランの多くが完了、もしくはすでに進行中となっている。

さらに、アムステルダム市はソーシャル・エンタープライズの活動環境を整えるだけでなく、自らその顧客となって直接的に売り上げを支援することもしている。ソーシャル・エンタープライズ各社からのアムステルダム市関連団体の購買金額は2015年の約40万ユーロから2016年には100万ユーロ超と1年間で2.5倍以上にも増えた。

「Amsterdam Impact」のアクションプランの項目の中には「ソーシャル・エンタープライズの実態調査」「アクションプログラムの効果測定方法の設定」といった行政側の土台作りに関するものも含まれている。しかし、土台作りの完了を待つのではなく、調査や分析をしながら同時に具体的なソーシャル・エンタープライズ支援・促進策を実行に移していく「走りながら考える」というアプローチが徹底されているのだ。

オランダではこのように行政が積極的に社会起業家たちのハブ役となることで、ソーシャル・エンタープライズ同士や関係者が相互に繋がり、業界全体の活性化が引き起こされている。そして「オランダがソーシャル・エンタープライズの世界最先端」であるというブランドをいち早く確立させることで、世界中から優秀な起業家や投資家たちを呼び込むことが彼らの次なるターゲットだ。

オランダは日本より早いタイミングで経済成長が頭打ちになり、80年代には深刻な不況も経験している。そこから成長拡大路線ではなく、持続可能かつ豊かな社会を作ることへ舵を切り、早くからワークシェアリングやITによる効率化、環境保全などに重点的に取り組んできた。社会起業家の育成に行政がこれだけ力を入れているのも、チャリティ団体と営利企業の中間に位置するソーシャル・エンタープライズが、これからの社会でより重要な役割を担う存在になると確信しているからこそである。

日本より一足早く持続可能な社会への取り組みを進めているオランダでのソーシャル・エンタープライズの在り方は、これからの日本にとっても大いに参考になりそうだ。

文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit