アメリカでは約1,400万人の子ども、つまり6人に1人の子どもが「肥満」と診断されており、彼らの健康が大きな問題となっている。

その主な原因はハイカロリーな食事を好む食生活で、Business Insiderによると特に学校給食を食べる児童の肥満率が高いという。油でギトギトのピザや傷のついたリンゴが出されるなんていうのは「アメリカ給食あるある」で、そのクオリティは決して良いとは言えない。

これに対し、国を挙げて解決しようとする流れもある。その一つがミシェル・オバマ前大統領夫人の功績として知られる「Healthy, Hunger-Free Kids Act」。給食からトランス脂肪酸を排除すること、野菜・果物を一定の割合で出すこと、現在では一食当たりの栄養素も政府によって定められるなど、徐々にではあるが改善されつつある。

とはいえ、学校によって給食の質は異なり、まだまだ健康的で美味しい食事には程遠いのが現状だ。

しかし今、健康やグルメとは全くの無縁だったアメリカの給食が変わろうとしている。仕掛けるのは「意外な人たち」だ。


棚のライスパフやグラノーラバーはおやつではなく弁当箱の隙間を埋める用。アメリカのランチ事情が垣間見える(オーガニックスーパーにて筆者撮影)

有名レストランのシェフから学校給食事業へ異例の転身

世界的に有名なデンマーク・コペンハーゲンのレストラン「※Noma」でシェフを務めた経歴を持つDan Giusti氏が立ち上げた「Brigaid」は、貧困率が標準よりも高いコネチカット州・ニューロンドンを拠点とし、同地区の学校に給食を提供するスタートアップだ。

※Nomaに関しては過去のAMP記事を参照

一皿300USドル(約33,000円)以上の食事のためにプライベートジェットで飛んでくるような人たちを相手とするビジネスから、一食の予算が約1USドル(約110円)の学校給食の世界に飛び込んだGiusti氏。何が彼を駆り立てたのか。

Brigaidを創業した理由についてGiusti氏はForbesにこう語る。「シェフである限り、食べる人に影響を与える料理を作りたい。しかし、誰かにとって一生に一度の食事を提供するより、毎日特定の人たちのお腹を満たしたいと思うようになった」。現在ニューロンドンにある6つの学校に通う4,000人の生徒たちに食事を提供している。


Giusti氏(同社のウェブサイトより)

Brigaidの大きな特徴として、一つは一流の腕を持つ料理人たちの集団であるということ。各学校に配置されたBrigaid専属シェフたちの多くが、アメリカ国内で食にまつわる輝かしい功績を残したものに贈られるジェームズ・ビアード財団賞受賞者である。

もう一つは、Brigaidの作る食事はパンやピザ生地、サラダ用のドレッシングに至るまで多くのものが手作りであること。キッチンで使われる完成品はパスタとシリアルのみという徹底ぶりだ。

クリエイティブな元スターシェフならではのこんな悩みも。「ある日のデザートで、賽(さい)の目に切り凍らせたパイナップルに、チリペッパーとライムの皮の削ったものをかけて出したが、不評だったよ。ほとんどの生徒がゴミ箱に捨てていた。彼らは普通のパイナップルがよかったみたい」とGiusti氏はThe Newyorkerに語った。

そうした経験から、Noma時代のようなひねりを利かせたレシピでなく、パスタやサンドイッチなど彼らにとって馴染みのある料理を栄養満点で作ることを心掛けているという。

アメリカでお馴染みのピーナッツバター&ジャムサンドイッチやチョコレートチップクッキーが献立から消えたことで、一部の生徒や保護者からは苦情も届いているといい、子どもたち相手のビジネスで初めて気づかされることも多いという。

寄付金を集めるコミュニティーディナー、レストランとのタイアップも

アメリカの学校給食制度は、アラスカとハワイを除く全州の公立学校を対象に3ドル15セント(約350円)を上限として払い戻しが受けられるようになっており、ニューロンドンの予算は約1ドル。

当然、Brigaidが給食にかけられる原価もそれ以下に抑える必要があるため、一般的なレストランと同じく、未加工の材料を大量に購入するなどしてコストダウンに取り組んでいる。

またBrigaidはニューロンドンから支払われるコンサルタント料と余剰金、そして寄付金によって運営されているが、このチャリティーが非常にユニークだ。

週に一度「コミュニティーディナー」と銘打って、学校のカフェテリアで一般客に一皿5USドル(約550円)で販売したり、世界中の敏腕料理人たちとコラボレーションした料理を出すことで知られるサンフランシスコ近代美術館内のレストラン「InSitu」で食事を提供したりと、有名シェフならではの付加価値を生かしたBrigaidならではの方法で寄付金を集めている。

さらにGiusti氏は昨年2017年に「カフェテリアを超えて子どもたちをサポートしたい」という想いから、ニューロンドン内の生徒たちが大学へ通うための奨学金を集めるチャリティーディナーも開催し、24人が大学に通えるだけの資金を調達したという。

今年2018年の秋にはニューヨーク州・ブロンクスへの業務拡大も控えており、給食サービスだけに留まらず、経済的に厳しい子どもたちのセーフティーネットとなることを目指すBrigaidの今後に期待したい。


コネチカット州内のレストランで行われたチャリティーディナー(Brigaid公式ウェブサイトより)

新鋭サラダチェーン店による食育ワークショップを通じた啓蒙活動

Giusti氏のような起業家だけでなく、企業も学校給食事業に参画している。

「学校のカフェテリアは絶好の教育の場」と断言するのは、2007年に創業されたサラダ専門チェーン店「Sweetgreen」。

同社が2010年から始めたプログラム「Sweetgreen in School」は一週間にわたる食育ワークショップ。本拠を置くワシントンDCの学校を対象にスタートし、今ではニューヨーク市を含む多くの都市で開催されるなど好評だ。

あるときのワークショップのテーマは、アメリカと諸外国の一般的な給食を比較し、自分たちの給食がどれだけ健康バランスを欠いているかを気づいてもらうというもの。


アメリカの一般的な献立。給食制度の開始された1946年当時はケチャップすら野菜にカウントされていたというから驚きだ(Sweetgreen公式Tumblrより)

あるとき紹介された一般的な献立は、チョコレートチップクッキー・豆・フルーツカップ・マッシュポテト・フライドチキン。ちなみに、アメリカでは食事をトレイに取った後、それを食べるかどうかは本人に委ねられており、口に合わなければそのままゴミ箱へ捨てられるため子どもたちがバランスよく食べているかは不明だ。

こうした情報提供などを通じて、子どもたちに健康的な食事の大切さを伝えている。

現在、アメリカの子どものうち、6人に1人は十分な食べ物が得られない「欠食児童」で、約2,100万人の子どもたちが貧困層を対象とした無料もしくは費用が一部免除された給食の対象者 。中には金曜日に給食を食べて以降、月曜の朝食を学校で食べるまで何も口にできない子もいる。

さらに、アメリカの飢餓問題解決に取り組む非営利組織「Feeding America」のディレクター、Ross Fraser氏がMashableに語ったところによると、学校のない夏休みに十分な食事にありつけない子どもは約1,800万人にも上る。状況は深刻だ。

一方で給食内容の乏しさゆえに、健康意識が高い富裕層ほど自宅から弁当を持参する傾向があり、アメリカ国内の健康状態の格差はますます広がるばかり。本稿で紹介したこれらの新たなプレイヤーが学校給食界に新たな風を吹き込む革新者となることを期待したい。

執筆:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit