Netflixを開き「今夜は何を観ようか」と迷っている時間は、作品を視聴している時間と同じくらい胸が踊る。

トップページには、「ドラマ」や「ドキュメンタリー」といったジャンル名だけではなく、「社会制度との戦いをテーマにしたTV番組」や「ウィットに富んだTV番組」といったユニークなタグが並ぶ。選ばれている作品群やタグの名前をみて、「確かにこういう作品好きかも」と、自らの趣味嗜好を知ることも多い。

“週20時間”コンテンツを視聴しつづける仕事

こうしたNetflixの“レコメンデーション”を支えているのが、作品内容を分析し、適切なタグを選ぶプロフェッショナルたちだ。

彼らは「originals creative analyst(オリジナル・クリエイティブ・アナリスト)」「editorial analyst(エディトリアル・アナリスト)」、口語的に「Netflix tagger(ネットフリックス・タガー)」と呼ばれる。現在およそ30名が働いているという。

Netflix taggerは、公開年や言語、監督名、キャスト一覧、性表現の有無といった基礎情報だけではなく、その作品の雰囲気やストーリーライン、印象的なシーンといった分析にもとづいてタグづけを行う。

例えば、男女の恋愛関係が出てくる作品なら「doomed love(悲恋)」「unrequited love(報われぬ恋)」「first love(初恋)」など、どのような関係が描かれているかまで分類する。

Netflix taggerとして働くSherrie Gulmahamad氏は、週におよそ20時間はコンテンツの視聴に費やすという。担当しているジャンルはコメディ番組が中心だが、普段まったく観ないコンテンツの分析を任されることもあるそうだ。

Netflixの求人サイトに掲載されている「求められるスキル」欄には、「映画やテレビ、エンターテイメント全般に関する深い知見」や「複数の映画・テレビジャンル同士の違いを区別できる能力」「作品のエッセンスを読み取り、その発見をわかりやすく共有する力」などが並ぶ。選考ではエンターテイメントに関する知識やタグ付けのテスト、キュレーションスキルを測るという。

Gulmahamad氏はtaggerが「図書館の司書」に近く、「テレビ番組や映画がどのように関連し合っているかを読み解く能力が求められる」と述べている。

同じくコメディを担当するNetflix taggerのGreg Harty氏は、客観的に作品と対峙する重要さを語る

Harty氏「その作品を自分が面白く感じたかよりも、笑わせようとする意図が込められているかで判断します。仮に自分にとって面白くなくても、あらゆるシーンで視聴者を笑わせようとしている様子が伺えたら、わたしたちはその作品をコメディとして評価します」

「笑わせようとしているかそうでないか」といった微細な意図を読み取るには、感性や感覚を研ぎ澄ませ、作品に向き合う必要がある。その意味でNetflix taggerはまさに人間ならではの仕事といえるだろう。

(『Anime and Licensed Content Analyst (Japanese)』の募集も行われていた。特定のジャンルに精通したtaggerを集めようとしていることが伺える)

最適な1本のために磨かれたレコメンデーション

Netflixは2007年にストリーミングサービスを開始して以来、ユーザーに最適な作品を提案するために、レコメンデーションの仕組みを磨き上げてきた。現在、再生される作品のおよそ80%は検索ではなく、レコメンデーションを経由して選択されているという。

同社は視聴した作品や視聴時間、視聴した日時、利用したデバイス、検索やページのスクロールの様子を細かくトラッキングしている。膨大なユーザーデータを複数のアルゴリズムによって処理し、トップページに表示する作品やジャンル、それらの並び順を決定している。

彼らが追求しているのは「ユーザーが普通ならたどり着かない作品」の提案だという。

そのために欠かせないのが、Netflix taggerによってタグづけされた作品データだ。例えば同じ恋愛映画好きでも、どのような関係が描かれている作品を好むかは人によって異なる。またユーザーが求めている要素を備えた作品は、恋愛映画というジャンルの外にも存在するだろう。既存ジャンルとは別に、作品の要素を抽出したタグを用意することで、よりユーザーに合った作品をレコメンドできるのだ。

バイスプレジデントのTodd Yellin氏は、レコメンデーションには「ユーザー、コンテンツをあらゆる側面から理解する“tagger”、データを統合するアルゴリズムが欠かせない」と述べている。The Atlanticが2014年に行った調査によると、現在およそ76,897もの独自ジャンル(Netflixでは“altgenre”と呼ぶ)が設定されているそうだ。

(最近では作品のアートワークもユーザーの興味関心に合わせてパーソナライズしているという)

今やNetflixは時価総額でディズニーを上回る巨大エンターテイメント企業だ。しかし『ハリウッドとシリコンバレーの融合』とYellin氏が形容しているとおり、同社は最先端のテクノロジー企業でもある。

今後も彼らは技術力によって優れた視聴体験をデザインし、ユーザーを楽しませてくれるだろう。そしてその過程で、Netflix taggerのように新たな職種が生まれていくに違いない。

img:Netflix