2018年、わたしたちは片手にスマートフォンさえあれば、どこにでも行くことができる――。

都内の駅改札、コンビニなど、あらゆる購買シーンにおいてスマートフォンを見かけるようになった。わずか数秒で電子決済を完了する光景は、もはや当たり前である。日銀の統計でも、電子マネーの利用額規模や決済の端末数は、右肩上がりで伸びている。

いまやスマートフォンには、このような決済情報に限らず、生年月日やメールアドレス、ときには住所まで、アプリを通じてあらゆる個人情報が集約されている。こうして何気なく持ち歩いているわたしたちの「個人情報の価値」に、ビジネス界からは大きな注目が集まっている。

第四次産業革命において、ビジネスを発展させるカギは「個人情報の利活用」

そもそも、世界で「個人情報の価値」が注目されるようになったのは、この30年ほどの出来事だ。発端は、1970年代以降の第三次産業革命。各企業が電子工学や情報技術を用い、あらゆる業務を自動化したことで、大量の個人情報が処理されるようになった。

各国で「個人情報保護」の機運が高まったため、1980年に個人情報保護のグローバルスタンダードとなる「OECDプライバシーガイドライン」が制定された。こうした潮流を受け、日本では2003年に初めて個人情報保護法が公布された。

そして、データを利活用し、ビジネスを創出する第四次産業革命が始まった現代。IoTやビッグデータの活用の普及によって、ありとあらゆる情報がデータ化され、ネットワーク上での統合が可能になった。それらを解析・利用する新たなビジネスが世の中の注目を集めている。

たとえば、冒頭で述べた「Fintech」の電子決済サービスも、そのひとつだ。「プライバシーを侵害しない」条件下で、積極的に価値を可視化したり、活用しようとする機運が高まっている。実際に、幾つか取り組みの事例が生まれているので紹介したい。

2017年、ロンドンでは「自分の個人情報の値段に応じて、買い物ができる」ポップアップストア「The Data Dollar Store」が登場。毎日約7万人の通行客が利用する地下鉄駅に設営されたこの店舗では、通行客が自分のスマートフォンの中にある個人情報と店の品物を等価交換する形で、買い物をすることができる。

相場としては、たとえば「WhatsAppやSMS、メールの会話のスクリーンショット3枚」は、「オリジナルマグカップ」と等価になるという。

このプロジェクトは、コンピュータセキュリティ会社が、「多くの人に個人情報の価値について考えてもらいたい」という目的で実施した。個人情報の保護はもちろん重要だ。ただ、現代においてはとにかく守るだけの対象でもなくなってきている。

こうしたキャンペーンから、普段、何気なく扱っている自分のスマートフォンに、いかに市場価値が高い情報が含まれているか。そして、それらを活用する余地がまだ沢山あることに、気付かされるユーザーも多いのではないだろうか。

「Amazonでの購入履歴」で募金活動ができる

「個人情報を正しく活用する」という観点では、2013年に象徴的な事件があった。JR東日本が交通系ICカード「Suica」の乗降履歴を日立製作所に販売するという報道がなされ、世間から「個人情報の流出」を危惧した苦情が相次いだのだ。

もちろん企業側は個人情報の保護に配慮し、保有データのうち「個人を特定できる情報(名前や住所など)」を匿名化した状態で提供するとしていた。しかし、利用目的をあくまでもマーケティングへの活用に限定したにも関わらず、最終的にデータの販売自体が中止されてしまった。

たとえ個人情報が守られていたとしても、企業が営利目的で個人情報を扱うことに対して、世間からの拒否感がいかに大きいかがこのことからうかがえる。だが、自分の個人情報が社会の貢献につながるとしたらどうだろう。

「匿名化した個人情報」の販売を社会貢献の文脈で行い、ユーザーから共感を集めている興味深いサービスがある。「Amazon上の自分の購入履歴」という個人情報を売ることで、お気に入りの非営利団体に「寄付」できるプラットフォーム「Data Does Good(データ・ダズ・グッド、以下DDG)」だ。

使い方は簡単で、ユーザーはDDGのウェブサイトから自身のAmazonアカウントをリンクさせ、次に支援したいチャリティ団体を選択するだけ。DDGがユーザーの購入履歴をマーケティング用データとして小売業者らへと販売し、その利益をチャリティ団体に寄付する仕組みになっている。

HEAPSの記事によると、「ユーザーは自身の購入履歴データをDDGに預けるだけで、年間の総合購入金額のうち1パーセントを自分が支援したいチャリティ団体に寄付できる」という。総合購入金額のうちの「1パーセント」が、現時点では購入履歴データに対する適切な市場価値だそうだ。

2017年の参加者は約2,500〜3,000人程度で、日本円にして400万円以上の寄付を実現。参加者の数は「毎月10〜13パーセントの伸び率で増加している」という。

身近なもので寄付するミレニアル世代

こうしたサービスが台頭する背景には、二つの変化があった。まず、ユーザー自身が「個人情報」の市場価値を理解する機会が生まれたこと。これまでは、彼らの多くは「オンラインショッピングの履歴だなんて取るに足らない情報だ」と思っていたかもしれない。

しかし、DDGによって個人情報の価値が定量的に可視化されるようになった。そして、身近な商材(スマホに入っている個人情報など)の市場価値を認識したことによって、その価値を適切に活用したいと考えるユーザーも増えてきたのではないかと考えられる。

次に、お金の代わりに「身近な商材を差し出す」という新たな寄付の考え方が生まれたことだ。記憶に新しい事例としては、「ヘアードネーション」が挙げられる。がん治療の影響などで頭髪に悩みを抱える子供に対して、人間の髪の毛で作られたウィッグをプレゼントする取り組みだ。特にこの3年間で、世の中に認知されるようになり、「髪の毛を提供すること」が新たな社会貢献寄付の形として認知されるようになった。

このように「社会的意識が高い」といわれるミレニアル世代においては、「何気なく身辺で所有するもの」でさえも「社会貢献に使える商材」として捉える事例がみられている。

“情報社会”といわれる現代においては、スマートフォンなどに代表される身近なデジタルデバイスに、あらゆる個人情報が日々生成されては蓄積されてゆく――。こうした情報商材がありふれてゆくなかで、その市場価値を「可視化し、活用したい」というニーズは管理する企業・ユーザー双方で高まってゆくのではないか。

そして、「社会貢献に寄与したい」ミレニアル世代にとって、自身の個人情報を寄付することは、気軽な社会貢献の方法として浸透してゆくのかもしれない。

img:Photo by Olga DeLawrence on Unsplash、Photo by Jesse Collins on UnsplashData Does Good