中国では、「より良い教育」「大学入試、『高考』のストレスからの解放」「海外での就職」「留学先の居住権/永住権取得」といった観点から、留学が人気をよんでいる。2016年には留学者数54万5,000人と、過去最多を記録した。近年、増加率は頭打ちだが、数が減ることはない。

一方で、留学時には現地での就職や永住を考慮しながらも、大学卒業後、中国に帰国する人が増えている。国内のシンクタンク、センター・フォー・チャイナ・アンド・グローバリゼーション(CCG)によれば、2016年に海外の大学を卒業した中国人留学生の80%までが中国に戻ってきているという。「海外に出て成長して戻ってくる」ことから、そんな留学生たちは、「ハイダイ(海帰もしくは海亀)」と呼ばれている。

諸外国に出て、チャンスを手に入れたかに見える彼ら、彼女らが、祖国に戻ってくるのはなぜだろうか。

アジア人のキャリアアップを妨げる「グラスシーリング」

留学したからには、卒業後に現地で就職し、どれだけ自分の能力が通用するか、力試しをしてみたいと思うのは、当然の心理だろう。しかし中国を含むアジア人大学卒業生の多くが、職場で「グラスシーリング」にぶち当たるという。

世界でも指折りのハイテク産業が集中する、米国のサンフランシスコ・ベイエリアを例に挙げてみよう。米国政府内の独立機関、雇用機会均等委員会が、このエリアにあるテクノロジー企業に勤務する労働者についての情報を2007年から2015年にわたって収集した。すると2015年には、アジア系は47%と、白人系(44%)、ヒスパニック系(約5%)、黒人系(約2%)を抑え、エントリーレベルの社員として最も多く雇用されていることが明らかになった。

しかし、管理職に就く人に関していえば、ヒスパニック系や黒人系より上回るものの、アジア系は白人系のわずか3分の1にしか満たない。海外の企業で、アジア系がキャリアアップに努め、「グラスシーリング」を打ち破るのはかなり難しいという現実がある。苦労して大学を出て、仕事を頑張ったとしても、こんな風に先が見えていると、ほかにもっと良いチョイスがあるのではないかと考えても不思議はない。

チャンスは祖国にこそある? 経済発展が留学生の背中を押す

一方、彼ら、彼女らの祖国である中国を振り返ってみれば、その経済発展には目を見張るものがある。国家統計局は、今年第一四半期のGDPが前年比6.8%の伸びを見せていることを発表している。今年中には、EUの経済規模を上回るとの見方も出ている。

IT産業の伸びは破竹の勢いを見せる。毎年市場は10%ずつ拡大を続けている。アリババやテンセントといった大企業は速いペースで事業を拡張し、比較的規模の小さいスタートアップに流入するベンチャー投資は年々35%の割合で増加している。この活況を見れば、中国人留学生が、中国に戻れば条件の良い就職先が見つかるのではないかと考えるのは自然なことだろう。

CCGによれば、留学生の約63%が祖国を離れたからこそ、かえって愛国心が強くなったとしている。その気持ちが、帰国して国を盛り立てる手助けをしたいという考えに駆り立てている。

また帰国する留学生の傾向として、1980年から2000年の間に生まれた世代が現在多くなっている。2015年10月末に中国政府が一人っ子政策を廃止する前に生まれた一人っ子たちだ。親のことを考え、戻ることを決めるという。

帰国するエリートたちを待ち受ける好待遇


政府は、科学、IT、起業関連の知識とスキルを高く買う

帰国に踏み切る原因は留学先での各々の経験や、祖国の発展に貢献したいという本人の意志だけに限ったものではない。中国政府は優秀な人材を呼び戻そうと、留学生にとって魅力的な優遇策を講じているせいもあるのだ。

その1つが、「ワンサウザンド・タレンツ・プラン(千人計画)」だ。すでに各専門分野の一線で働いている、中国人科学者をはじめ、研究者、起業家向けに2008年に開始された。

2011年には、新たに「リクルートメントプログラム・フォー・ヤング・プロフェッショナルズ」というカテゴリーを設け、対象を才能ある若い人材や外国籍の科学者にも広げた。40歳以下で、海外の一流大学で博士課程を修了後、同様の大学で教鞭を執るか、研究所で研究員として勤務していた経歴があることが条件だ。

このプログラムに参加が許されれば、提供されるメリットは数限りない。改革が行われつつあるとはいえ、都市戸籍と農村戸籍との二次的管理を行う、中国の戸籍制度上では、誰もが勝手に好きなところに居住することは許されない。しかしプログラムに参加できれば、それが可能になる。

また最初に50万人民元(約860万円)が、そして研究ごとに助成金として100万~300万人民元(約1,720万~5,200万円)が与えられる。研究所や大学での要職が保証され、給与も高い。年金などの社会保障、医療保険、労働者災害補償、住宅手当や食事手当も付与される。配偶者や子どもにもさまざまな特権がある。

今年10年目を迎えた「ワンサウザンド・タレンツ・プラン」に参加し、中国に帰国した人は7,000人を超えるといわれている。政府はその数の増加を期待する。

テクノロジー関連の優秀な人材が集まる、帰国者オンリーのパイオニア・パーク

中国人留学生にとって、もう1つ、帰国を考えるきっかけになるのが、「リターンド・オーバーシーズ・スチューデンツ・パイオニア・パーク(以下『パイオニア・パーク』)」の存在だ。起業を希望する帰国者は、中央政府が用意する各種インセンティブや、起業への支援を受けることができる。1987年に武漢市内のハイテク・パーク内に創設されたのが最初といわれている。


Zパークがある、「中国のシリコンバレー」、中関村

「中国のシリコンバレー」の異名をとる、北京の「中関村サイエンス・パーク(Zパーク)」内にも1997年に初めてパイオニア・パークができた。カナディアン・リサーチ&デベロップメント・センター・オブ・サイエンス・アンド・カルチャーの調べによると、2015年現在、その数は33に上り、1万5,000人以上の帰国者が、起業や研究に励んでいるそうだ。

ここでは、帰国者のサポート体制が万全に整えられている。シリコンバレーなどの、海外のテクノロジー先進都市に置かれた連絡事務所が、海外の優秀な人材とパイオニア・パークの仲立ちを務める。国に戻れば、帰国者は個々に60平米のインキュベーションスペースを一定期間無料で借りることができる。政府からは10万人民元(約170万円)、パイオニア・パークからは10万~30万人民元(約172万~520万円)の助成金を受けることができる。

加えて、税金の優遇措置制度があったり、銀行から好条件で融資を受けたりできる。自らのビジネスをプロモートするため、銀行やベンチャーキャピタルを招いたミーティングも、1ヵ月に1度定期的に行う。

長期間にわたって国を不在にしていたために、戸惑いがちな中国の社会環境や習慣、ビジネスが行われるプロセスについてのアドバイスも与えられ、まさに至れり尽くせりだ。Zパーク内のパイオニア・パークからは、2015年までに29人が「ワンサウザンド・タレンツ・プラン」に採用されている。


中国科学院。帰国エリートたちの一部はここに属する
© N509FZ (CC BY-SA 4.0)

海外で学んだ、才能ある自国民を呼び戻すことで、IT産業を中心に国をさらに盛り立てようという中国。政府は、帰国者が海外で蓄積した、より進んだテクノロジーはもとより、労働者管理の方法や考え方などが国内にもたらされることを期待している。また用意した厚遇を受ける帰国者が増えれば、まだ帰国に踏み切れない才能ある人材も呼び込めると考える。

2015年には、科学分野の大物たちも相次いで外国籍を捨て、中国に帰国したそうだ。ノーベル物理学賞受賞者である楊振寧さんと、計算機科学分野で革新的な功績を残した人に贈られるチューニング賞を受賞したアンドリュー・ヤオさんだ。若い世代の「海亀」たちは、彼らに続くのだろうか。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit