昼食を取る暇のない日や買い物をする余力のない日に、栄養補助食品を手に取る人は多いだろう。

食事をする時間が取れないときも、これらの栄養補助食品を手にすることで、手軽に「栄養を摂取できた」という安心感を得られる。

そんな栄養食に近年変化が訪れつつある。シリコンバレーのエンジニアの間で人気を博している『Soylent(ソイレント)』のように、すべての食事を置き換える完全栄養ドリンクが広がっているのだ。日本でも「ヒトが生きるのに必要なすべての栄養素を補える」とうたう完全栄養ドリンク『COMP』に注目が集まっている。

栄養食のパイオニア、カロリーメイトとBASE FOOD

完全栄養食パスタ『BASE PASTA』を開発した『BASE FOOD』代表の橋本舜氏は、まさにその新たな栄養食の流れを牽引する一人だろう。「一食で一日に必要な3分の1の栄養素」を含み、主食の代わりとなる『BASE PASTA』は、2017年2月の発売以来すでに7万食を売り上げた。

そんな橋本氏が一つのベンチマークとしているのが、日本に“バランス栄養食”という概念を持ち込み、今や国民的商品となった『カロリーメイト』だ。次代の国民栄養食を狙う橋本氏は、カロリーメイトの開発者の一人である江本三男氏とも、定期的に意見を交わしている。

江本氏は大塚製薬で『カロリーメイト』や、こんにゃく米の「マンナンヒカリ」など、数々の商品の技術開発に携わり、現在は複数の食品開発会社に対してコンサルティングを行なっている。

国民的栄養食を生んだ江本氏と気鋭のフードスタートアップを率いる橋本氏。世代を超えてゆるやかな師弟関係を結んでいる二人の対話からは、ある共通のキーワードが見えてきた。

「“美味しくて続けられる”国民的栄養食を生み出したい」――世代を超えて共鳴する二人の野望に迫る。

江本 三男 日本食品技術株式会社 代表取締役
1949年生 1972年大塚グループ入社。1977年大塚食品(株)移籍。研究所にて栄養製品、 流動食、経腸栄養剤(医薬品)等を開発し、生産技術部、マーケティング部、マンナンヒカリ担当部長等に就任、2014年大塚食品(株)を退社し、日本食品技術株式会社を創業。公益 社団法人日本技術士会登録食品技術センター前会長。
橋本 舜 ベースフード株式会社 代表取締役
1988年生。東京大学教養学部卒。大手IT企業に新卒入社。オンラインゲームのプロデューサーを経て、複数の新規事業の立ち上げに従事。2016年6月に退職し、ベースフード株式会社を創業。

日々の食から人々の健康を支えたい

江本氏:『BASE PASTA』のニュースをみたときは、感銘を受けました。すぐに、私から橋本氏にFacebookの友達申請を送ったんですよね。

橋本氏:とても驚きました。まさかカロリーメイトの開発者の方からFacebookで連絡があると思わなかったので。今日はせっかくなので『カロリーメイト』を開発された頃の話もお伺いしてみたいです。

江本氏:実は『カロリーメイト』を開発するきっかけは、病院用の経口栄養食の『ハイネックス』なんです。栄養を液体で摂る技術を食品に生かして市場を拡大できないか、というアイディアから開発が始まりました。

橋本氏:今でいうプロダクトアウト(編注:会社の方針や技術をもとに製品を企画・開発する手法)のアプローチから生まれたのですね。

江本氏:そうですね。ただし素早く栄養を取りたいというニーズは高まっている時期でした。忙しくて朝食を食べない人が増えており、徐々に社会問題化していましたから。忙しい方でも十分な栄養を摂取できる美味しい栄養食をつくろうと。『BASE PASTA』はどのようなニーズに応えようとして企画されたのですか?

橋本氏:江本さんが開発を始めた頃に比べて、健康な食事が大切という意識は多くの人が共有しているはずです。しかし、いい選択肢がなくて適当な食事を取ってしまう人が多い。僕自身もかつてはそうでした。そんな人たちでも健康かつ美味しいものが毎日食べられるように、栄養バランスの良いおいしい主食を作ろう、と考えたんです。

江本氏:主食にフォーカスしたというのが大変興味深い。しかも、一人でゼロから開発したんですよね?

橋本氏:最初は自宅アパートのキッチンで、試行錯誤し続ける日々でした。カロリーメイトはゼロからではなく、ベースとなる商品があったとはいえ、医薬品から一般向けの食品に移行するのも相当難しかったのではないですか?

江本氏:もちろん、難しかったですよ。いかに美味しくするかという試行錯誤は何度も繰り返しました。しかし製薬会社ですから情報やリソースには困らないわけです。大塚製薬には原料や素材、香料に関する情報は沢山在りましたので、開発環境としては恵まれていますよね。橋本さんの場合はそうでないでしょう?

橋本氏:そうですね…。前職はベンチャー企業で新規事業開発を担当していたので、ゼロから新しいものを生み出すことは得意でした。プロトタイプを作って検証、フィードバックというサイクルを高速で回す開発手法に馴染みがありましたから。

江本氏:開発に必要な情報はどのように集めていったのですか?

橋本氏:そこなんです。知識や経験はゼロだったので、まず栄養士さんの教科書を読んで、そのあとはとにかく「やってみる→人に聞く」の繰り返しでした。食品業界の方々は助言を求めにいくと驚くほど親切に教えてくださいましたね。こうした会社横断的な情報共有ができるのは小さいベンチャー企業の長所と感じました。

江本氏:僕もその頃に橋本さんに出会っていればよかったなあ(笑)。

橋本氏:それはものすごく心強かったでしょうね…。

ミレニアル世代と上の世代の共通点

橋本氏:すでに医薬品で成功していながら、食品でも勝負を賭けるという意思決定は、ベンチャー企業を率いる者として心から尊敬します。

江本氏:当時の大塚製薬グループにとって食品は比較的小さな領域でしたからね。「失敗してもいいからやってみろ」という空気がありました。その上で開発リソースや情報も十分そろっている。そこからボンカレーやカロリーメイト、ポカリスエットが生まれていったわけです。

橋本氏:国民の誰もが知る商品をいくつも世に送り出しているのは凄まじいですね…。

江本さん世代の方とお話ししていると、戦後に「何か新しいことをやってやろう」と挑戦していた人達と現在のスタートアップって似ている部分があると感じるんです。危機の中でイノベーションを生もうとしている点が、隔世遺伝的に共通しているというか。

江本氏:たしかに、共通している点は多いかもしれませんね。

橋本氏:だからこそ、その時代にプレイヤーとして活躍していた江本さんのような方から、今の若い世代はたくさん学ぶべきところがあると思うんですよ。

江本氏:私たちにとっても今の若い方々の挑戦をお手伝いできるのは嬉しいことです。僕も橋本さんのミッションを叶えるためのパートナーのような気持ちでいますから(笑)。

橋本氏:ここまで応援いただいているので、さらに頑張らないと、という気持ちになります。

“美味しくて続けられる”を実現するために

橋本氏:まだ『BASE PASTA』は「スタートアップが面白いことをやっている」という点で面白がってもらえている段階だと認識しています。たとえば、手軽でおいしい食べ方を提案できていないという課題があります。最近では「BASE PASTA quick」というカップ麺のものを出したり、おいしい塩とオリーブオイルを提供したりと、食べ方や味に関しても試行錯誤を続けている状態です。

今後、カロリーメイトのようにマスに向けた商品となるためには、飛躍が必要と考えています。カロリーメイトも発売当初は消費者に馴染みがなかったと思うのですが、一体どのように受け入れられていったのでしょうか?

江本氏:当時は、「バランス栄養食」という概念自体がありませんでしたから、「これを食べることでバランスよく栄養が取れるんです」という基本的なアイディアを繰り返し伝えていきました。大学の運動部など、健康や食への意識の高い人に直接営業がアプローチすると同時に、マス向けにも広告を展開していきました。

橋本氏:基本に忠実にいろんな手段で繰り返し訴求していった結果、国民的商品となったわけですね。

江本氏:ただ、国民的商品になっても安心はできないんですよ。常に新しい視点を持ち続けることが重要です。

橋本氏:カロリーメイトもそうしたフェーズを何度も乗り越えてこられたのですよね。

江本氏:そうですね。とはいえ無闇に新しい味を増やせばいいわけではなくて、“美味しくて続けられる”を実現する工夫が必要ですよね。

橋本氏:美味しくて続けられる、とても的確な表現ですね。それはまさに僕が主食にフォーカスした理由でもあります。主食って“美味しくて続けられる”の典型だと思うんです。お米はいろんなおかずと一緒に食べ続けられるように、『BASE PASTA』もソースのバリエーションを変えれば美味しく食べ続けられる状態を目指しているんです。

江本氏:“美味しくて続けられる”を実現する方法として、ひと口で多様な味を感じられるようにするという方法もありますよね。たとえば、『オロナミンC』は炭酸や甘さなど、いろんな味が感じられると思うんですよ。

橋本氏:『BASE PASTA』もパスタ自体から多様な風味が感じられるように、試行錯誤を続けています。やはり栄養のあるものって一時的に取り入れても意味がなくて、習慣化が大切ですから。

江本氏:本当にそう思います。だからこそ主食に目をつけた橋本さんは見事だと思います。

橋本氏:ありがとうございます…! 江本さんとはこれだけ年齢が離れているのに「美味しくて続けられる」を実現したいという点で共通しているのは、なんだか不思議ですね。時代背景は違えど、支持される栄養食に求められるものは共通しているのかもしれません。10年後に『カロリーメイト』と『BASE PASTA』が二大国民栄養食として肩を並べられるよう頑張ります。

日本の栄養食を世界へ、二人が見据える夢

江本氏:せっかくですから10年後までに実現したい目標をお聞きしてもいいですか?

橋本氏:まずは「主食をイノベーションして健康を当たり前に」というミッションを形にしたいですね。今ってみんな健康になるために、食べたいものを我慢したり、食事を記録したり、頑張っていると思います。そうではなくて普通に暮らしていたら健康になれる状態をつくりたい。主食のイノベーションを普及できたら、食以外の分野で健康を当たり前にできること、にも広げていきたいですね。

あとは海外進出です。戦後のトヨタやSONYのように、日本発で世界中で評価されるプロダクトを、作りたいと考えています。

江本氏:それはぜひ実現していっていただきたい。食品は言語の壁を超えやすいですからね。

橋本氏:その通りですね。また海外では日本食に対して「健康的」というイメージを持っている人は多いので、ぜひ栄養食で世界に出るチャレンジをしていきたいです。

企業の持つリソースを最大限に活かして国民的な商品を生み出した江本氏と、市場の声に応えるべくゼロから情報を集めて新たなプロダクトをつくりあげた橋本氏。時代背景や開発手法は大きく違えど、“美味しくて続けられる”栄養食を社会に届けたいという意志は共通している。

多くの人々に支持されるプロダクトには、時代性と普遍性の両方が必要なのかもしれない。その時代のニーズをくみ取り、プロダクトに反映させること。そして、ずっと変わらない根源的な欲求にアプローチしようとする姿勢を持つこと。

「“美味しくて続けられる”」という言葉が、異なる世代の二人を結び、時代に左右されない価値を浮かび上がらせた対話だった。

Photographer: Hajime Kato