「スタートアップとは、崖の上から飛び降りながら飛行機をつくるようなものだ」——。

LinkedIn創業者で、意欲的にスタートアップへも投資を行うリード・ホフマン氏は事業創造の過酷さをこう表現した。起業家は事業を成長させようともがく過程で、さまざまな困難に遭遇する。中には、予期しない出来事もあるだろう。

最近になり「起業」を科学し、その打率を高めようとする動きが始まっている。先人たちの知恵を積み重ね、コミュニティでそれを共有することも増えてきた。『起業の科学 スタートアップサイエンス』のような書籍が発売されたことも象徴的な出来事だ。起業は徐々に再現性の高い挑戦になっているのかもしれない。

自らを“デジタル版総合商社”と名乗り、クライアント企業の新規事業を一気通貫でサポートするBCG Digital Ventures(以下、BCGDV)も、事業の生み出し方を科学し、その打率を上げていこうともくろむ企業のひとつだ。

昨年、パートナー企業のユニ・チャームと中国にジョイントベンチャーOnedotを設立し、中国市場向けに育児動画メディア「Babily」の提供をスタートした。BCGDVにて、その案件を担当していた鳥巣 知得氏と坪田 朋氏。両氏は同社を離れ、鳥巣氏はOnedotのCEOに、坪田氏はCCOに就任した。

BCGDVはどのようなアプローチでBabilyのアイデアにたどり着き、ジョイントベンチャー設立に至ったのか。その事業創造の秘訣をBCGDV 東京代表 平井 陽一朗氏、Onedot CEO 鳥巣 知得氏に伺った。

戦略から投資まで一気通貫で手がけるBCGDV流の事業創造

BCG Digital Venturesは世界に7拠点を構え、大企業のデジタルシフトや新事業創造を支援している。もとは2013年にロサンゼルスのビーチハウスにて20人規模からスタートし、たった4年で世界で600人以上のスタッフを抱える組織に成長した。

BCGDVが戦略コンサルティングファームやデザインファームと一線を画すのは、戦略から投資まで一気通貫で手がけていることだ。

平井「新規事業創造のプロセスを分解すると、戦略、企画・デザイン、開発、投資、スケールに分けられます。各プロセスを専門で行う企業は多くありますが、全てを一社で賄えるのはBCGDVだけです」

新規事業創造において、全ての工程に関われるのであれば、それが一番だ。だが、多くの企業は自社が最も価値を発揮できる部分にフォーカスし、その他は外部と協業するケースが増えている。BCGDVのアプローチは、時代の流れに逆行しているともいえる。

なぜ、企業が全行程を自社で担わないかといえば、コストが大きすぎるからだ。一気通貫で支援するためには、高い専門性を持ったスタッフが必要になる。BCGDVは、コンサルタント、エンジニア、デザイナー、プロダクトマネージャーなどさまざまな職種のスタッフをインハウスで抱えている。「ここまで専門性の高い人を揃えるのはコストに見合わない。だからほかの企業は手を出さない」と、平井氏は笑いながら語る。

BCGDVの事業創造プロセス

事業創造の始めから終わりまで関わるからこそ、クライアントに対するそのコミットメントも高い。BCGDVでは事業創造のフェーズを以下の三つに分けている。

  • イノベーション(アイデア発見から創出)
  • インキュベーション(アイデアをプロダクトに落とし込む)
  • コマーシャリゼーション(プロダクトのローンチからマネタイズ)

イノベーションフェーズでは、14週間かけて事業のアイデアの種を具体化していく。その次のインキュベーションフェーズは、体制を構築し、開発とコンセプトテストを行う、プロダクトのローンチ手前までのフェーズを指す。最後のコマーシャリゼーションフェーズでは、リリースしたプロダクトの成長やマネタイズを進めていく。

イノベーションフェーズが終わり、インキュベーションフェーズに入る前に、クライアントとBCGDVでディスカッションを行い、事業化の方針を決める。事業化するにあたり、選択肢はいくつかある。

一つはクライアント企業が社内で事業を立ち上げるという選択だ。二つ目はIPを協業相手から買い取るという形式を取り、BCGDV単体で事業化を進めるアプローチだ。

三つ目は、Onedotのようにジョイントベンチャーの設立を行うという選択肢だ。設立以来、約50個の事業が生まれ、そのうち10個程度がジョイントベンチャーになっている。

ジョイントベンチャーを設立するタイミングで、BCGDVの投資担当者が判断し、資金提供を行う。Onedotのように、それまでプロジェクトに関わっていたメンバーがジョイントベンチャーの創業に参加するケースもある。

「イノベーションフェーズ」では何が行われるのか?

各フェーズで、どのようなことを実施するのか。Onedotが生まれるまでのプロセスを紐解きながら、見ていこう。

Onedotのイノベーションフェーズでは、何が行われたのだろうか。14週間かけて行われるイノベーションフェーズは、最初の1/3の期間でユーザーリサーチを行い、その後はプロトタイプづくり、ビジネスプランづくりへと進む。

今回、ユニ・チャームからの依頼を受けてスタートしたBabilyも、14週間にわたるプロセスを経て、サービスのアイデアが絞り込まれていった。

平井「ユニ・チャームから相談をもらい、議論をしながら今回の事業テーマにたどり着きました。ユニ・チャームは世界有数のおむつブランドを持つ会社で、子供や高齢者の方が対象ユーザーになります。議論の中で『赤ちゃんが増えれば売上が上がる。少子化に歯止めをかけることはできないか』という話になりました。そこで、中国における育児のデジタルイノベーションというスコープが定まったんです」

市場も、日本やインド、中国と複数想定していたが、最も規模が大きい中国が選ばれた。「スコープを狭すぎず、広すぎず、ちょうどいい具合に設定するのがアイディエーションのしやすさを決める」と平井氏は語る。

鳥巣「市場を定めたあとは、ユーザーリサーチのために8人規模のチームを組成し、3部隊に分かれて、上海、北京、広州、深センなどの中国の一級都市をまわりました。各都市の家庭を訪問し、インタビューやエスノグラフィ調査を行う中で、さまざまな示唆が出てきたんです」

調査の対象は子供がいる家庭に留まらなかった。中国では女性も働きに出ることが多いため、祖父母が子供の面倒を見るケースもあるそうだ。祖父母へのインタビューのほかに、保育園の先生や育児業界の有識者まで、さまざまなヒアリング調査を実施した。

鳥巣「各都市間に大きな違いは見えてきませんでしたが、その世代特有のメガチェンジが起きていることを知ったんです。社会変化の激しい中国では、育児の方法がほぼ一世代で変わってしまう。ほかの国なら3〜4世代かけて変わるものが、一世代で変わる。たとえば、一世代前は赤ちゃんに風邪をひかせないように服を着せたほうがいいという定説がありましたが、今は赤ちゃんは体温が高いから服を着せすぎないほうがいいと、真逆になっているんです」

世代が変わる中で、子育て中の親は、かつての常識との違いに悩んでいる。そんなユーザーの課題にアプローチできないか、と徐々に事業のアイデアは固まっていった。アイデアは、以下の三つの軸で精査される。

  • デザイアビリティ(ユーザーのニーズはあるか)
  • フィジビリティ(技術や法制面から実現可能か)
  • バイアビリティ(事業性はあるか)

アイデアを精査するために、三つの軸ごとにBCGDVやユニ・チャームの幹部が参加する委員会を開き、アイデアを絞る。「ユーザーのニーズがあるかどうか」は最も重要な判断軸のため、最初の委員会ではデザイアビリティのみにフォーカスする。この時間はBCGDVでは「没入セッション」とも呼ばれ、ときには10時間以上も議論することがあるという。

平井「最初の委員会ではユーザーニーズにのみ焦点をあて、アイデアの審査をします。その次は技術や規制などの側面から実現可能かどうか、最後に市場で勝てるかどうかで判断します。今回のプロジェクトでは、最初に800個あったアイデアが3回の投信会を経て、20個まで絞られていきました」

最終的に残った20案のいくつかではプロトタイプの制作も行った。そこで事業化されることが決定したのがBabilyだった。

鳥巣「育児方法の変化と同じく、中国はメディア消費も大きく変化していました。スマホを使った動画の消費が世界一と言ってもいいくらいに進んでいる。それにも関わらず、育児方法を学ぶために最適なコンテンツが存在しなかった。『育児のハウツー×スマホ動画』がビジネスチャンスだと捉えたんです」

ユニ・チャームがバックオフィスを全面的に支援

BCGDVとユニ・チャームのジョイントベンチャーであるOnedot。当然のことながらユニ・チャームからの支援も受けている。Onedotにユニ・チャームから出向している社員はいないが、バックオフィスはユニ・チャームの力を借りている。事業開発、マーケティング、コンテンツ制作の領域はOndot社内で担当し、バックフィスはユニ・チャームが担当するという役割分担だ。

鳥巣「ユニ・チャームは何年も中国市場で事業を行ってきました。その力を借りて、中国の法務・財務・税務は頼りにしています。もしユニ・チャームの支援がなければ、いまだに会社の設立手続きで止まっていたと思います(笑)」

今回、ユニ・チャームは当初「社員をジョイントベンチャーに送らない」という選択を取った。急成長を目指すスタートアップでは、制約を作らないことが求められる。今回、事業開発をBCGDV側のスタッフに一任する選択を取ったことで、通常のスタートアップと同じレベルで自由度が高く、事業に取り組めるスキームを構築した。

だが、制約がないことは裏を返せば関係性が途切れる可能性にもつながる。

平井「制約がなければ事業に集中できる。けれども、パートナー企業には副次的な目的として、事業のつくり方やカルチャーを大企業の中に移植したい思いの強い会社もあるんです。今回のスキームではユニ・チャーム側の配慮もあり、今のところ社員の出向を行ってはいませんが、定例会議を行い、事業の進捗を共有することで継続的な関係構築を行っています」

Babilyは「子育て家庭のターゲットメディア」。その可能性をどう料理するか

Babilyの公式インスタグラム

現在、Onedotはアルバイトも含めると約30名規模の組織に成長。日本の拠点で動画撮影やコンテンツ制作を行い、中国の拠点ではサービス開発やユーザー対応を行う形で役割分担している。日本には動画制作に関わるフリーランスが多いことが理由だという。

鳥巣氏が中国に常駐し事業全体の統括を、坪田氏が制作を含む東京拠点の責任者を務めている。平井氏は社外取締役に就任し、定期的な取締役会に参加する中で、BCGDVの知見を共有しながらOnedotが成功するように全力でサポートしている。

コマーシャリゼーションフェーズにあるBabilyだが、収益化のための戦略も徐々に進めている。リリースから約8ヶ月で200万ユーザーを突破した。同サービスは、今後どのように事業を成長させ、マネタイズを行うのだろうか。

鳥巣氏によれば、「短尺動画メディアのビジネスモデルは、広告とECに分けられ、その二つを組み合わせて収益化を図る」という。マネタイズを模索する中で、育児メディアが持つ広告価値に気づいていったそうだ。

鳥巣「『育児』をテーマにしたメディアは、消費者に提供する価値は育児情報ですが、クライアント側には『子育て家庭のターゲットメディア』になるんです。中国では子供ができると、子供服や食べ物だけではなく、家や車を買ったりと、消費の機会が増えます。その層にアプローチしたい企業が多く存在することに気づけたのは、いい驚きでしたね」

日本の大企業が持つポテンシャルを開放するために、事業創造に励む

BCGDVのやり方はユニークだ。普通、コンサルティングファームやデザインファームの多くは事業化まで伴走しない。だが鳥巣氏と坪田氏はBCGDVを辞めて、Onedotの設立に参加した。

鳥巣「中国育児市場のポテンシャルや社会的意義の大きさを感じ、会社設立を選びました。これまでのスタートアップやBCGDVでの勤務経験を活かし、日本のスタートアップとして中国市場に挑戦するという難易度の高いことに、この座組であればチャレンジできる。その点も魅力でした」

鳥巣氏のように、関わるプロジェクトごとにジョイントベンチャーを設立し、スタッフが新会社に移動してしまうと、BCGDVは人材不足に陥ってしまう。平井氏はBCGDVの代表として、その現状をどのように考えているのか。

平井「ジョイントベンチャーでも大企業の子会社でも、本人が希望すればBCGDVを辞めて設立のタイミングで参加していいんです。だって、基本的には職業選択の自由ですから(笑)。その際に「出向」という形式は取りません。出向ならば失敗しても戻れるという意識になってしまうかもしれないからです。目の前の事業に全力で取り組んでもらうために、そのような関係性にはしませんね。それにジョイントベンチャーでは採用も行っていかないといけませんが、そこの社長が「僕は戻る前提だけど、来ない?」と言って、来てくれる人なんていませんよね」

ジョイントベンチャーの場合、設立から参加すればストックオプションが設定でき、企業価値が高まれば、保有する株式の価値も上がっていく。そのため、企業成長に対するコミットメントが高まりやすい。だが、大企業の子会社に入る場合は金銭的なインセンティブはない。「それでもサービスに想いがあるスタッフが移籍することもあるんです」と、平井氏は教えてくれた。

平井「どんなに優秀な人でも新規事業を一からスケールさせるのは難しい。それに加えてBCGDVではグローバルで活躍するための語学力も求められる。そんなに優秀な人は市場にはゴロゴロとはいないんですよ(笑)。なので、組織と個人はフラットで、いつでも戻ってこられるようなシームレスな関係性を築く。たとえ事業に失敗して戻ってくるとしても、そのときには成長しているはずでしょう。そんな長期的なスパンで関わっていければと考えているんです」

出向ではなく、一度会社を辞めるからこそ、出戻りを考えるときもフラットな選択ができる。今後は企業に入るのではなく、フリーランスとして週のリソースの半分を会社に費やし、残りを自身のプロジェクトに使う。そんな働き方も増えていくかもしれない。そのような時代において、会社と個人がフラットにつながるプラットフォームを志向する考え方は、時代に合っているともいえるだろう。

BCGDVから幹部社員が二人辞めていることからも、BCGDVのOnedotへの期待も大きいだろう。Onedotが成功すれば、BCGDVの新規事業創出メソッドの洗練化は進む。BCGDVは日本の大企業のデジタルシフトのためにまい進していく。

平井「世界に誇るべき日本の大企業のポテンシャルを開放すること。それがBCGDV東京のミッションです。日本人の多くはフリーランスではなく、企業に勤めている。彼らに自信を持ってもらうためには、まずは大きな組織が変われることを示していかなければいけない。さまざまな大企業とともに事業創造に励むことで、日本社会に少しでも貢献できたらと思っているんです」

Photographer : Hajime Kato