あなたの財布には、ポイントカードが何枚入っているだろうか?

こちらのデータによれば、ポイントカード・クレジットカード・電子マネーカードなど、全ての種類を含めた日本人一人当たりのポイントカード平均所有枚数が20.9枚。財布に常時持ち運んでいる平均カード枚数は10.7枚だという。

ポイントカードに代表される「ロイヤリティープログラム」の需要は、世界共通で根強い。

Nielsenの世界調査データによれば、72%の顧客が「ロイヤリティープログラムがあれば入会・参加する」と回答。プログラムを発行する店舗側の74%も、プログラムを続けたいと回答している。その大きな理由として、67%の店舗が、「顧客のリピートを期待できるから」と回答。顧客と店舗の両方が、プログラムの必要性を感じていることがわかる。

顧客全体の20%を占める優良顧客が、売上の80%を占めるマーケティング用語「パレートの法則」。この考えがかなり昔に生まれていることからも、優良顧客の獲得が重要であることに疑いようはない。

それでは、「ロイヤリティー・プログラム」とはなにを指すのだろうか?

本記事では、ロイヤリティー・プログラムを「3度以上店舗に来店する優良顧客獲得のためのインセテンティブ設計」と定義する。2度来店した「リピート客」を増やすのではなく、定期的に店舗を訪れる「リピーター」を増やすための戦術がプログラムの目的だ。

1兆円市場のポイントカード。つきまとうのはリピーター創出に結びつかぬジレンマ

ポイントカード市場は成長し続けている。日本におけるポイント・マイレージ発行額は、2014年の8,495億円から2020年には1兆円を超えると予測されている。

ポイント発行額順位11位を上位から五つ挙げると、クレジットカード(2,312億円/平均還元率0.5%)、家電量販店(2,117億円/平均還元率6.4%)、携帯電話会社(1,079億円/平均還元率1.1%)、航空(626億円/平均還元率1.5円/マイル)、ガソリン(604億円/平均還元率0.6%)であった。

6位以降は総じて発行額600億円以下で還元率も1%以下。コンビニやスーパー、百貨店を含む小売店や外食チェーンが多い。

上位五つの業界は三つのキーワード「高頻度」、「高還元率」、「高価格帯」のいずれかに該当する。たとえば家電量販店は、高還元率と高価格帯商品の組み合わせで高いポイント発行額を保っている。航空は低頻度ながらも、1回の消費金額が大きい高価格帯のサービスを提供。クレジットカードは日常的に使うため、高頻度である。

一方、わたしたちがよく手にするポイントカードの種類は、6位以下に入る小売(なかでもアパレル)店舗からであろう。

しかし、初回買い物時に「どうせなら、もらっておこう」くらいの感覚で発行することは多くないだろうか。発行してもらったポイントカードを有効に使えているケースの方が少ないように感じる。

顧客にとって商品・サービスの選択肢が多い小売業界では、競合他社との差別化を図れず、単なるポイントカードの発行だけでは、リピーター創出のインセンティブとしてうまく機能しないのが現状だ。

たとえば、中規模の国内アパレルブランドは、インセンティブ設計に苦戦していると予想される。よほど高いブランド性を持つか、質の高い商品を置いていない限り、ポイントカードを通じたリピーター獲得は難しいだろう。

大手商業不動産に出店するアパレルブランドも、隣のテナントと価格帯が同じであれば、ポイントカードを発行するだけでは顧客獲得にはつながらない。

こちらのデータによれば、ポイントの未使用率は40%にもおよぶと示されている。原因としては、カード発行から1年以内にポイントが失効してしまう期限制度や、たとえば1万円分の買い物をした時点で初めてポイントを利用できる最低購入額制度などが挙げられるだろう。

こうした制度のせいで、顧客が容易に離脱することが想像される。ポイントカードがリピーター獲得の戦術として機能していない証拠であり、店舗側の都合でポイントカードが発行・運用されている証左といえるだろう。

現状のポイントカードは、ディスカウントクーポンの延長線上にある。金銭リターンになびく顧客の属性は、「流行客」に当てはまるだろう。言い換えれば、バーゲンやセール品に飛びつき来店する顧客だ。このような顧客を、リピーターとして囲い込める可能性は低い。

では、どのように小売業界はロイヤリティープログラムを通じてリピーターを囲い込むべきなのだろうか。ここで注目すべきは、世代別に異なるモチベーション要因である。

金銭目的では動かないミレニアルズ。他世代より3-4倍高いノン・マネタリーベースの動機

ベビーブーマー世代(1946-1964年生まれ)とミレニアルズ(1980-1994年生まれ)両世代のロイヤリティープログラムの入会動機を調査したNielseのデータを参照してみよう。

このデータによれば、両世代ともにキャッシュバックに代表される「マネタリーベース」による入会理由が30%を超えている。

ベビーブーマー世代と比べ、ミレニアルズは「ノン・マネタリーベース」を動機とする率が3-4倍高く、各世代のなかでも突出している傾向が伺える。「ノン・マネタリーベース」の具体的な内訳としては、「差別化サービス」、「パーソナライズサービス」、「チャリティー志向」の3点を入会理由として望んでいることが判明した。

購入額の一定割合をポイントに変換して活用するキャッシュバック需要は根強い一方、ポイントや金銭リターンではなく、ロイヤリティープログラム参加を通じて得られるメリットを重視する傾向が若い世代を中心に高まっている。

それでも現状、日本の小売企業が活用するポイントカードは「マネタリーベース」に分類される。ミレニアルズが持つ「ノン・マネタリーベース」のモチベーションが注目されている昨今、リピーター獲得のためのインセンティブ設計を大きく考え直すべきタイミングにきているだろう。

そのためのヒントとなるのが、以下で紹介する北米のスタートアップだ。

キュレーションを通じた差別化体験 — 低価格版ブラックカード「SELECT」

最初に紹介するのは、低価格版ブラックカードを発行する「SELECT(セレクト)」。年会費300ドルを支払い会員になることで、全米主要都市の提携レストランやホテルのVIPサービスをディスカウント価格で受けられる。

会員になるためには審査に受かる必要があり、一定以上の年収と職業、趣味などが会員コミュニティにマッチするかが調査される。ターゲットとなるのは、少しリッチなミレニアルズ層だ。

SELECTが最初に目をつけたのが、飲食店が抱えるロイヤリティー戦術のジレンマである。

従来、北米版食べログ「Yelp(イェルプ)」に登録するレストランは、顧客獲得のためにクーポンを発行していた。競合店も発行するため、自社店舗でも発行しないと顧客を取られてしまうからだ。

本来店舗にとって、クーポンを発行する目的は、リピーターの獲得にある。ところが現状は、初回来店時に5-10%割引や、ドリンク無料クーポンを発行。その結果、流行客しか来店せず、リピーターになる顧客はほとんど発生しない。しかし、クーポンを発行し続けないと顧客数が減ってしまうチキンレースの様相を呈していたのだ。

そこで、SELECTでは、各都市ごとに専属のキュレーター及び地域マネージャーを配置し、本当に美味しい食事と最高の接客サービスを提供するレストランを選別し、提携することにした。ここでポイントとなるのは、キュレーションと収益モデルだ。

食通のマネージャーが選んだレストランは、会員も信頼性が高いと感じる。筆者もサンフランシスコ担当マネージャーに誘われ、彼がキュレートした店舗へ幾度か足を運んだ。実際、どのレストランの食事も美味しかった。ときには、レストランのオーナーやシェフが出迎えてくれるほどの高待遇を受けられたこともある。

加えて、ブラックカードを会計時に使う際に感じる優越感と、VIPサービスを受けられる非日常感に後押しされ、通常の来店客とは全く異なる最高の体験を味わえた。こうしたリッチな体験を通じて、リピーター率が格段に向上するのだ。

提携先のメリットも大きい。これまでは、発行したクーポンでディスカウントした上で顧客を獲得、さらに予約仲介料をYelpのようなプラットフォーマーに徴収されていた。

しかし、SELECTは、会員から直接マネタイズを行っているため、提携店舗から仲介料を取ることはない。そのため、店舗の顧客獲得コストはVIPサービスのディスカウント料金だけだ。このディスカウント率も店舗側で設定でき、リピーター獲得コストに見合う計算になっている。

日本の大手外食チェーンでは「Tカード」や「楽天ポイントカード」など、カード発行会社の提携系列店であれば、全てポイントがつく仕組みを導入する例が目につく。しかし、競合店でも同じようにポイントが発生し、各チェーン店がクーポンの発行を積極的に行っている。

こうした傾向をみると、結局一度きりの来店で終わる流行客の取り合いになり、リピーターを囲い込める目的からは遠く離れてしまっているように感じられる。実際、こちらの記事によれば、60%以上のファーストフードチェーンの顧客は再来店することはない。

このような悪循環の仕組みは、まさにYelpで発生している課題と同じだ。この点、SELECTのように、顧客層を絞って、徹底的に差別化を効かせた顧客待遇が、リピーター創出の鍵になるかもしれない。

パーソナライズ体験でロイヤリティー意識を高める — アパレルブランド「BONOBOS」とAI企業「Narvar」

アメリカのアパレルチェーン「BONOBOS(ボノボス)」は、各顧客に合わせたパーソナライズサービスを提供する。仕組みはアップルの「Genius Bar(ジーニアスバー)」に似ている。

顧客の基本情報、洋服の趣味情報を入力し、指定時刻に店舗へ向かう。店舗では専属のスタイリストが待ち受ける。1対1で、店員から各顧客にあった洋服の組み合わせやサイズをレクチャー。レジはなく、購入したい洋服があれば、タブレット端末を使い同社Eコマースサイトを通じてその場で購入する。後日、自宅へ購入した洋服が送られてくる仕組みだ。

単にセンスの高い洋服だけを並べても、競合セレクトショップとの戦いには勝てない。自分に合ったスタイリングアドバイスを求める顧客セグメントにターゲットを絞り、サービスを構築しているのがBONOBOSなのだ。このようなパーソナライズ体験は、前述したミレニアルズのパーソナライズ需要に合致する。

Bonobosはパーソナライズ購入体験の中に、Eコマースでの購入ステップを自然な形で紛れ込ませている。これまでデジタル購入の接点がなかった人へ、Eコマースの良さを知ってもらう体験設計になっているのだ。

販売チャネルをEコマースに一本化することで、店舗に在庫を置かない「ガイドショップ」の方式も採用でき、D2Cブランドならではの小ロット製造が可能になる。

Eコマースでの購入ステップを介入させるメリットは、顧客毎に合わせたパーソナライズ、フォローアップができる点にもある。AIスタートアップ「Narvar(ナーバー)」は、まさにこの点をサポートするサービスを開発している。

NarvarはEコマース企業に向け、商品の配送トラッキング、返品情報を顧客に伝えるソフトフェアを提供する。顧客はWebサイトやモバイル、各SNSに対応したAIチャットボットを通じて、最新の商品配達情報を知ることができる。

配送過程で何かしらの問題が発生したとしよう。Narvarが開発したAIが配達時間の変動を事前予測、すぐにアラートが飛ぶ仕組みになっている。また、顧客が商品を返品したい際、簡単なサーベイを受けさせ、返品郵送ラベルの発行を手軽に行えるソフトウェアの仕組みを利用企業は手軽に活用できる。

従来のEコマース企業は、商品購入が顧客獲得のゴールであり、配送情報のトラッキングソフトウェアは、外部運送会社のものをそのまま使っていた。しかし、運送会社のトラッキングシステムに頼っていては、適切なタイミングで配達情報を顧客に提供できないばかりでなく、返品までを考えた、一連の購入体験のフローをカバーできない。

これまでEコマース企業が見捨ててきた、顧客の購入後体験に目をつけたのがNarvarであり、各顧客の購入後体験の向上及びフォローアップができる仕組みを完成させたわけである。こちらの記事によると、Narvarを通じた購入後体験の充実化によって、顧客のブランドリテンション率が10倍にまで向上したと指摘。

ここまでBonobosとNarvarの事例を紹介してきた。ここで大切なのは、顧客に対してパーソナライズ体験を提供する点と、顧客体験の視点を購入後まで引き延ばすことでロイヤリティーを生み出す点だ。

Eコマース化が進み、大量生産ではなく小ロット製造のD2Cトレンドが来ている小売業界。Bonobosに代表されるパーソナライズ体験を軸に据えた店舗設計は、徐々に浸透しつつあるコンセプトといえるだろう。

チャリティーによってロイヤリティーを創出するスタートアップ — アウトドアブランド「Cotopaxi」保険企業「Lemonade」メガネブランド「Warby Parker」

ミレニアルズ世代は不必要な物を買うこと、浪費を避けるようになってきた。こちらの記事によると、アメリカでは、ベビーブーマー世代は年間に3.2万ドルの娯楽予算を組むが、ミレニアルズ世代は約25%減の2.6万ドルしか費やさない。吟味した末、より慎重に購入するものを選ぶようになりつつあるのだ。

ここまで紹介してきた差別化戦略やパーソナライズに特化したサービスは、不要なものは“所有したくない心理”を持つミレニアルズの高い購入障壁を打ち崩すためであったともいえるだろう。そこで考えられる、もう一つの訴求ポイントが「チャリティー」だ。

こちらの記事では、ミレニアルズの83%が「企業に社会問題解決へ積極的に動いてほしい」と感じており、69%は「自分が購入した製品、サービスを通じて企業側が取り組む課題解決に関わりたい」と考えている。

こうしたチャリティー文化を購入体験に結びつけ、ミレニアルズ層から多大な支持を受けているアウトドアブランドが「Cotopaxi(コトパクシ)」である。

同社は、D2Cモデルのアウトドア用グッズを販売するEコーマス企業。たとえば、販売されているジャケットにはラマ繊維が使われており、原産地は発展途上国である。よりよい製品作りのために、途上国のラマ業者の生活環境改善も視野に入れなければいけないと考え、収益の2%を貧困国の寄付へ回し、よりより製品作りへ結びつけるプロジェクト「Gear for good(ギアーフォーグッド)」を提案。寄付を通じて、製品の質も担保される仕組みを作った。

チャリティーは保険業界にもおよぶ。ニューヨーク拠点の「Lemonade(レモネード)」は、保険料のプール金の一部を、社会活動への寄付へ充てる仕組みを確立した。

従来の保険会社では、プール金から顧客へ支払う保険料を差し引いた余剰金が利益となっていた。しかし余剰金制度の下では、保険料をなるべく支払いたくない企業側の思惑が生まれてしまう。これでは、顧客側も必要な保険料をもらえないリスクを伴い、Win-Winの関係にはならない。

Lemonadeでは、収益源を顧客の支払う保険料の20%に一律化することで、余剰金を通じた利益確定の慣習を捨てた。そして、顧客は事前に自分の解決したい社会問題を指定。余剰金が発生した場合、同じ解決志向を持つ顧客グループから一定額が社会活動に寄付される新たな保険業態を作ったのだ。

他にも2010年に創業し、一律95ドルで高品質の眼鏡を販売する「Warby Parker(ワービーパーカー)」も紹介したい。1本眼鏡を買うと、途上国にいる視力の悪い人に眼鏡が寄贈されるチャリティーの仕組みを作り、顧客が社会貢献できる窓口を持っている。

一連の購買活動の中にチャリティー文化を自然な形で組み込み、仕組み化。それによって新たなロイヤリティーの形を生み出している点は、日本の小売企業も参考になるだろう。

ロイヤリティー設計の再構築を求められる日本の小売企業

ここまで、ミレニアルズが求める三つのロイヤリティーポイント「差別化サービス」「パーソナライズサービス」「チャリティー」を説明してきた。各々の見出しで紹介した企業は、いずれもポイントカードの制度を導入することなく、ミレニアルズ世代から人気を博している製品やサービスを提供し、急成長を遂げている。

従来、ポイントカードに頼ってきた企業のニーズは大きく二つに分けられる。

一つはポイントが一定以上貯まったら使ってもらうキャッシュバックのインセンティブを基に、顧客のリテンション率を上げること。もう一つは、たとえば「Tカード」に代表される大手カード発行会社の加盟店となる代わりに、業界全体に関するマーケティングビックデータをもらうことで、商品やサービスのトレンド、利用顧客セグメントの絞り込みに活用にすることが挙げられる。

しかし、このようなポイントカードの活用方法に、顧客視点が本当に入っているのかを問いたい。

ミレニアルズの購買力が徐々に増していても、単に低価格をうたい文句にするだけでは、購買へは動かない。本当に良い製品、サービスを買い求めたり、社会活動への参加がロイヤリティーの根源となる傾向が強まりつつあるのだ。

各々の企業は、ミレニアルズの登場によって生まれた三つのロイヤリティーポイントを考慮できているのかを再度問うべき時代になったと考えるべきだ。本当に自社のポイントカード制度が顧客体験向上のために上手く働いているのか、リピーター創出につながっているのか。

従来のポイントカード制度に頼るのではなく、顧客体験を重視した新たなロイヤリティーを構築しなければいけないタイミングに差し掛かってきていると考えるべきだろう。

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