「ビジネスのコミュニケーションツール、何使ってる?」の質問に「メールのみ」と答える人は、もはや少数派だ。今やSlackやChatWorkなどの「ビジネスメッセージサービス」がメールを代替する手段として存在感を発揮している。

最近では、ビジネスメッセージサービスも細分化し、より細やかなニーズに対応するべく、進化を始めている。

“金融機関向け”ビジネスメッセージサービス

金融業界のコミュニケーションにも変化が起ころうとしている。担い手は、Symphony Communication Services(以下、シンフォニー社)だ。

同社は、Google、ゴールドマン・サックスなどから累計2億ドル以上の資金調達を行い、非上場で企業価値が10億ドルを上回る「ユニコーン企業」。2017年11月に日本法人を設立し、2018年3月をめどに日本市場へ本格参入することも発表されている。

同社が運営する“金融機関向け”ビジネスメッセージサービス「Symphony(シンフォニー)」は、Slack、ChatWorkなどの既存のサービスが定着しつつある業界に参入を図る。

シンフォニーは金融機関にターゲットを絞ったUIを実装しているが、CEOのダービッド・グーレ氏はインタビューで保険や会計監査、医療、製薬など、他業界への進出を示唆する。シンフォニーの登場によって、ビジネスシーンはどのように変容していくのだろうか。

「金融向け」の高いセキュリティは既存のチャットサービスの脅威になるか

シンフォニーは、「Slack」や「ChatWork」などのサービスと同じクラウド型のコミュニケーションサービス。

「金融機関向け」の枕詞は、Symphonyの特徴である、他サービスから群を抜いたセキュリティの高さに起因している。

システムに“End-to-End Encryption”(エンドツーエンドの暗号化)を採用しているため、管理者のみならず、政府ですらメッセージデータにアクセスすることができない。

自宅の鍵を自分で管理するかのように、自分でデータを管理し、他からの侵入を許さないのだ。セキュリティやコンプライアンスが重要な金融業界では必須となる需要を満たしたツールといえる。

チャット画面

シンフォニーはメッセージ機能を核としつつ、音声通話やビデオ通話ができるほか、Selerity、Dow Jones、Fintech Studiosなど、情報源となるサードパーティアプリの拡張機能も存在する。また、第三者パートナーへのオープンAPIの提供によって、誰でもシステムのコードを見て性能を上げる一端を担うことができる。

ChartIQやDowJones、FintechStudiosなど、拡張機能も充実している

さらに、「金融機関向け」のメッセージサービスにおいてシンフォニーが画期的なのは、金融サービスにまつわる様々な法律や条例に対応しつつ、外部へのコミュニケーションにも用いることができる点だ。

従来のメッセージサービスは組織内のみのコミュニケーションに限られていたが、シンフォニーはその高い安全性によってFacebookやLinkedInのようなサービスを享受することを可能にした。

以上のような機能がつき、月額20ドルでの利用が可能。拡張機能を使わない場合は、無料で利用可能だ。このコミュニケーションツールの全てが統合されたメッセージサービスの登場によって、「プライベート用にLINE、Facebook、仕事用にSlack…」などというチャットツールの分類は、今後必要なくなるかもしれない。

創業から3年で1億ドル調達したユニコーン。「ブルームバーグキラー」と呼ばれる所以

今まで、金融業界のコミュニケーションツールや情報ソースといえば、米ブルームバーグ社が提供する端末、「ブルームバーグ・ターミナル」の一択だった。

2014年10月、シンフォニーはチャットサービス「Perzo」を買収し「打倒・ブルームバーグ」を掲げ設立された。2015年9月にサービスを開始した後は、1対1のチャットサービスを軸に、金融情報を集めたプラットフォームとしてその地盤を固めてきた。

設立時の資金調達には、バンク・オブ・アメリカやゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、野村ホールディングスなどの14の巨大金融機関が出資したことで注目を集めた。2度目の資金調達ではGoogleからの出資を得た。累計の調達額は2億ドルを超える。2016年12月には非上場ながら企業価値が10億ドルを突破する「ユニコーン企業」の仲間入りを果たした。

シンフォニーとブルームバーグの決定的な違いは価格設定にある。ブルームバーグ・ターミナルの年間利用料は2万ドルを超えるが、シンフォニーの料金はユーザー1人あたり月額20ドルきっかりだ。

また、ブルームバーグ・ターミナルはパソコン型の端末だが、シンフォニーはモバイルでも利用できるアプリサービス。どちらもオールインワンのツールでこの価格差と手軽さ。この歴然とした価格差に、ディスラプションを感じずにはいられないだろう。2018年7月時点で、米国を中心に約300社が導入、利用者数は30万人以上となっている。

垂直統合か、分散化か。シンフォニーが示唆するコミュニケーションツールの未来

シンフォニー社CEOのダービッド・グーレ氏は、「金融はあらゆる業界のハブであり、その中でも厳しい法規制の対象になっている保険や会計監査、医療、製薬などの業界で強みを生かせるのではないか」と語っている

現在は金融機関向けのUIになっているが、これから様々な業界への最適化が行われていくことが予想される。また、社外の人間ともコミュニケーションがとれるシンフォニーの存在は、メールの存在を脅かすのではないだろうか。

とはいえ、ビジネスメッセージサービス市場はライバルも多い。先述したSlack、ChatWorkだけでなく、昨年3月にリリースされたMicrosoft Teamsなど、様々な強みを持った既存のサービスが存在している。その中で、シンフォニーは自分の武器をどう生かし、どう戦っていくのだろうか。

また、シンフォニー、Slackのような巨大になるポテンシャルを持つサービスがある一方で、業界ごとに最適化されたコミュニケーションツールも出てきている。喫茶店のオーナーや看護師、消防士などの非オフィスワーカー専門コミュニケーションツール「Crew」やヘルスケア業界専門の「stitch」などがいい例だ。

シンフォニーのような強力なプラットフォームが市場を独占するのか、業界ごとに最適化され、分散化するのか。これからビジネスメッセージサービスは、岐路に立たされていくことだろう。

単なる「金融機関向け」のサービスで収束するのか、それとも業界全体を飲み込むのか。シンフォニーの動向から、ビジネス・コミュニケーションサービス全体の動向に引き続き注視していきたい。

img: Symphony, Olu Eletu, Carlos Muza, Pablo García Saldaña, DocChewBacca