はじめてShazamを使った時の驚きは、今でも忘れられない。あのときの衝撃は、スマホとガラケーの決定的な差を肌で感じた初めての体験だったとさえいえる。

カフェやセレクトショップで流れるBGMをスマートフォンに認識させるだけで、その楽曲名がわかる。一体どんな技術がこれを可能にしているのだろうと、興味を惹かれた。

約10年が経った今でも、Shazamを使う機会は多い。10年近く使い続けているアプリは珍しく、Shazamはそれだけユーザーにとって価値あるサービスだと言える。

そんなShazamに大きな転機が訪れた。iOSアプリのリリースから約10年が経ち、AppleがShazam Entertainmentを買収したのだ。買収に至るまでShazamはどのように成長を続けてきたのか。今回は、その歴史を振り返ってみよう。

「流れている楽曲情報を知りたい」というシンプルなニーズに応える

Shazam Entertainmentは1999年に大学の同級生であったChris Barton氏とPhilip Inghelbrecht氏、インターネットコンサルティングファームで働いていたDhiraj Mukherjee氏の3人に、デジタル信号処理の専門家であったAvery Wang氏が合流する形で設立された(4人の中で今でも会社に残っているのはAvery Wang氏だけだ)。

「どんなに騒がしい場所でも人々の背後で流れている楽曲情報を知ることができる、簡単な分かりやすいサービスを作る」ーー。そんなアイデアがきっかけでShazamは生まれたのだと、『Musicman-net』にて音楽チームディレクターWill Mills氏は語っている

2002年、イギリスにてShazamは「2580」の名前で知られるサービスをリリースした。携帯電話で「2580」をダイヤルし、自由に好きな音楽を流す。30秒ほど経つと電話が切れ、曲のタイトルやアーティスト名が入ったSMSメッセージがユーザーに届くという形式の音楽認識サービスだった。

サービスが進化するに連れ、テキストメッセージ内に楽曲のダウンロードリンクも記載されるようになった。当時のビジネスモデルは、楽曲検索1回につき、数十セントから1ドル程度の課金、もしくは月額課金で無制限で楽曲検索ができるものであった。2004年には米国でも同サービスをリリースしている。

音声認識にあたっては、音声フィンガープリントという技術が使われている。あらかじめShazamのデータベースに数百万件以上の膨大な楽曲情報を登録しておくことにより、録音された楽曲が登録されている音楽の特徴と一致するかどうかを判断し、アーティストや楽曲名を割り出す。

その根幹技術はサービスリリース時から今に至るまで変わらないが、楽曲データベースの強化や、認識精度向上のための騒音のフィルタリングなど、様々な改善が積み重ねられている。

収益化のためにテレビ放送局と提携。ロンドン五輪やグラミー賞の放送でShazamが使われる

Shazamのアプリは、2008年7月10日にApp Storeに登場した。

サービス自体はシンプルなため、SoundHoundを筆頭に様々な競合サービスが登場することになった。それでもShazamはどのように機能強化を行い、収益化を図ろうとしてきたのか。

初期のShazamの主たる収益源は、Shazamの有料版アプリ「Shazam Encore」の販売、Shazam経由でのmp3などの音源販売に関するアフィリエイト収入、バナー広告などの広告収入だ。

Shazamは「iTunes最大のアフィリエイト・パートナー」であったと、音楽ディレクターのWill Mills氏は語っている。2013年時点では、iTunesとAmazonからのアフィリエイト収入で3億ドル以上を稼ぐ規模まで成長したという

アフィリエイト収入以外にも、広告収入の強化にも積極的だった。バナー広告以外の取り組みとして、2011年にテレビ向けサービス「Shazam for TV」をリリースした。

テレビ放送番組と連携し、Shazamのアプリ経由で特別コンテンツの視聴やグッズの購入、過去番組の購入やレンタルが可能になる取り組みだ。米NBCの2012年ロンドン五輪放送、スーパーボウル、グラミー賞などの番組で提携が行われた。

CEOが交代。企業向けにShazamを使用した広告キャンペーンを提供開始

2013年にはShazamはさらなる成長のために新たなCEOを迎え入れた。元Yahoo! AmericanのRIch Riley氏だ。同氏の指揮のもと、今回のApple買収までShazamは経営されることとなる。

2015年には「Visual Shazam」という画像認識機能を追加した。Shazamのロゴが記載されたポスターや雑誌、グッズなどを読み取ることで、動画や限定特典、グッズ購入などができるという取り組みだ。発表と同時にウォルト・ディズニーやワーナー・ブラザーズ・インタラクティブなどと提携を結び、Shazamの企業プロモーション利用を促進した。

ウォルト・ディズニーは映画『トゥモローランド』のキャンペーンにShazamを活用。ポスターをShazamで読み込むと、映画に関する情報やトレイラーが閲覧できるページにアクセスできるというキャンペーンだ。

2016年9月にはShazamのアプリダウンロード数が累計10億を突破。初の黒字化を達成した。その成長を牽引したのは、企業が広告キャンペーンにShazamを活用できる「Shazam for Brands」であったと、『Forbes』にてRich氏は語っている

Shazam for Brands」は2016年4月にリリースされた企業向けのキャンペーンプランだ。代表的な事例にコカ・コーラとのプロモーションキャンペーンがある。

コカ・コーラゼロのCMがテレビ等で流れた際に、Shazamを起動して楽曲を認識すると、ユーザーのスマホ画面に映るグラスにコーラが注がれる。

その「コカ・コーラゼロが注がれたグラス」の画面をスーパーなどに持っていくと、コカ・コーラゼロを1本無料でもらえるというキャンペーンだ。

2017年にはAR機能を強化!音声、画像認識に留まらないサービスへ

2017年に入り、Shazamは次なる一手を打つ。アプリに「AR機能を搭載すること」を発表したのだ。Shazam Codeをスマホで読み取ることで、3Dアニメーション、ゲーム、広告、パッケージなどを画面上で楽しむことができる。

Beam Suntoryなどの企業と提携を結び、企業のキャンペーン活用を進めていくことを明らかにした。ARを活用した企業プロモーションのプロジェクトも「Shazam for Brands」の一環として行われる。Shazam自体に新しい機能を追加することで、企業キャンペーンでの活用の幅を広げることが狙いだろう。

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これまでに「Shazam for TV」などで放送局との連携を強めてきたShazamだが、2017年6月からJamie Foxxをホストに迎え、その名を冠した番組「Beat Shazam」をFOXチャンネルでスタートさせた。

今回も「Shazam for Brands」の枠組みの中で、FOXチャンネルとの新しいプロジェクトとして始まった。番組の参加者が楽曲の名前をShazamよりも早く回答できるようにチャレンジする内容で、人気を博しているという。

Shazamは楽曲のダウンロード数に応じたアフィリエイト収入やバナー広告といった収益源から、企業キャンペーンでのShazamの活用という新しい道を開拓し、マネタイズの方法を模索してきた。収益化のために、画像認識やARなどの様々な機能強化を行ってきたことがわかるだろう。

Appleによる買収。Shazamは次なる音楽体験の提供へ

2017年12月、Shazamは新たな道を進むことを選んだ。サービスのローンチから10年を経て、Appleによる買収が発表されたのである。

Recode』はその買収額を約4億ドルと報じたが、2015年にShazamの企業価値が約10億ドルであったことを考えると、買収金額は決して高くない。『TechCrunch』によれば、SnapchatやSpotifyなどの企業もShazam買収のために交渉を進めていたという。

AppleはShazamのどのような技術や機能に目をつけ、今回の買収を行ったのだろうか。

これまでShazamはAppleと提携することで、Shazamで発見した楽曲をApple Musicで再生できる機能の提供を行ってきた。『Wall Street Journal』によれば、2016年の時点で「ShazamはSpotifyやApple Musicなどの音楽ストリーミングサービスに毎日100万ユーザーを送客している」という。

10億ダウンロードを誇るShazamと連携を強めることで、Apple Musicを利用するユーザー数を増やすことが一番の狙いだろう。Spotifyは2017年7月に有料会員数が6000万人を突破したのに対し、Apple Musicは2017年9月の段階で有料会員数が3000万人だ。その差を少しでも埋めるために、ユーザーを増やすための施策を強化すると考えられる。

他にもShazamが持つ技術やデータを活かすことができるだろう。Shazamの根幹技術である音声認識と、Appleが今後提供予定のスマートスピーカー「HomePod」を組み合わせれば、テレビなどで流れてきた楽曲を自動で認識し、プレイリストに追加するといったことが可能になる。

現在Shazamの機能はAppleが提供する「Siri」に組み込まれているため、外出先で認識した楽曲を自動でプレイリストに追加し、帰宅後にスマートスピーカーで聴くことができるといった体験も可能になるだろう。

ShazamのAR機能も、AppleのAR戦略の中に位置づけられそうだ。AppleはiOS11でARkitをリリース、2020年にARヘッドセットの出荷を計画中という報道が出る中で、11月にはARヘッドセットのスタートアップVrvanaを買収している。

どのように統合が行われるかを現時点で判断するのは難しいが、AR機能を有していることはShazam買収の際の一つの判断基準になったと考えられる。

ユーザーに愛され、長らく使われてきたサービスでも、その裏には様々な苦労――競合サービスの登場や収益化の難しさーーがある。だが、Shazamは着実に成長を続け、Appleに買収されるまでに至った。これにて音楽スタートアップとしてのShazamの第一幕が閉じることになる。今後Appleとともに音楽体験をアップデートし続けてくれることが楽しみだ。

img : Shazam