スタートアップが短期間で成長を遂げるためには、その成長を支えるための人材採用や組織づくりが重要だ。 しかし、採用や労務、組織づくりなどの幅広い人事業務に関するノウハウの共有は、まだ十分とは言えない。

AMPでは、アメリカン・エキスプレスと共に、国内スタートアップの成長をより支援する企画として「AMERICAN EXPRESS INSIGHT for STARTUPS」を展開中だ。

その、第2回となるイベント「HRスタートアップ3社から学ぶ、急成長スタートアップを支える人材戦略」が12月11日に開かれた。「採用、労務、組織課題の発見」をテーマに掲げ、まずはスタートアップ企業の人事担当3名にプレゼンテーションを願った。

「人員の規模」で起きる悩みは、どんな会社でも問題になる

まず登壇したのは、ハイスキルエンジニアの転職サービス『Findy』を手がける『ファインディ』創業者の山田裕一朗氏。コンサルティング会社などを経て、創業期のオンライン英会話サービス会社『レアジョブ』で執行役員も務めた山田氏は、10人規模から100人を超える組織になっていく過程で、それぞれに浮かぶ「スタートアップの課題」を見てきたという。

課題がフェーズで異なるのを知ることも大切だが、山田氏は「専任の採用担当者を10人目くらいの社員に迎え入れること」を勧めた。20〜30人規模で「急成長期」を経たスタートアップは「安定成長期」に入るが、この段階で採用基準が甘くなると、結果的に事業の停滞をまねくするという。そのため、既存スタッフのモチベーション管理を行いながらも、優秀な人材確保を常に思考できる専任担当者が効いてくるのだという。

続いて登場したのはクラウド人事労務ソフト『SmartHR』の副島智子氏。20人未満のIT系ベンチャーから5,000人規模の製薬会社まで、15年以上にわたる人事・労務の経験を持つ。SmartHRに参画した後は、プロダクトマネージャーとしてサービスの成長に貢献している。

副島氏は労務の観点から「急成長スタートアップが意識を変えるべき瞬間がある」という。それは「他人」を採用することになったときで、具体的には知り合い経由の採用ではなく採用サイトや転職エージェントを利用するタイミングだ。採用フローでの意思表示やすり合わせを明確にしておくことをはじめ、曖昧な答えは相手方に都合よく取られることもあるため、特に気をつけなくてはならないという。

最後の登壇者は転職サイト『Green』、ビジネスマッチングアプリ『yenta』といったサービスを運営する『アトラエ』の森山雄貴氏。エンジニアとして新卒入社後、現在は経営メンバーとして同社に参画。2016年からは組織改善プラットフォーム『wevox』を立ち上げ、責任者を務めている。マザーズ上場など自社の成長、そしてwevoxを通じて見える他社の現状を通じて、森山氏は「企業フェーズごとに陥りやすい組織課題がある」と強調する。

30人規模までならば、経営者からの方針や施策についての言語化、そして組織の一体感を高めるための各メンバーとの対話でクリアできる。それが70人規模にまで拡大すると経営者の目が行き届かなくなるため、制度やツールを用いた全社的なコミュニケーション設計が必須だ。

そして150人規模となると、従業員と経営陣の壁、初期メンバーへの信頼関係の欠如、人事評価への不満といった問題が起き、急ごしらえの現場マネージャーでは対応しきれない問題が起きる。いかに組織を最適化し、自走できる環境づくりができるかが鍵になるという。

三者三様での経験が語られたが、いずれのプレゼンでも業種やサービスに関係なく、「人数の規模」や「事業フェーズ」で起きる問題に共通点があることが見えてきた。イベント後半のトークセッションでは、その問題の解決案として「カルチャーの理解と浸透」が新たな鍵となって手渡された。

「自社にとって優秀な」人材を採るためのカルチャーマッチ

モリ:自社に必要な人材を採用するためにも、みなさんが実践されていることはありますか。

森山:社員40名ほどというフェーズのアトラエでは、採用は最重要課題です。ただ、どれほど候補者にスキルがあっても、カルチャーマッチしなければ採用しませんね。それは創業からずっと変わっていません。最終的には「一緒に話していて楽しいか」みたいな部分もあるのですが(笑)。

副島:価値観の言語化はSmartHRでも初期から続けています。たとえば、社内のコミュニケーションツールで言語化した価値観を「絵文字」にすると、メンバーが頻繁に使うようになって必然的に浸透したり。カルチャーマッチは面接でも見ていくポイントですし、必要な人材の条件に挙がりますね。

山田:そのためにも求人票は有効です。私たちは『Findy Score』というAIで求人票をスコア化するサービスも提供しています。例えば外資系の転職ではジョブ・ディスクプリション(職務記述書)を丁寧に書く傾向があるのですが、そういった企業が日本では少ない。詳細なジョブ・ディスクリプションがあればマッチングもしやすく、入社後のズレも少ない。両者にとって期待値コントロールができるのです。だからこそ、求人票をちゃんと定義するのが、良きスタートアップを目指すのであれば大事なポイントといえるのではないでしょうか。

創業者の思う「カルチャー」が制度や環境をつくっていく

(参加者からの質問):「カルチャーマッチ」という言葉もありましたが、みなさんは「カルチャー」をどのように理解していますか。「Way」や「行動規範」など定義もさまざまです。

森山:アトラエは「何が良いことで、何がだめなことかを決める」というのがカルチャーの大きな柱のひとつです。メンバー間ではよく「お前はそれに誇りを持てるのか?」と言葉が交わされることがあります。売上のためなら何をやってもいいわけではなく、その行動に胸を張れるかがひとつのカルチャーなんですね。そのように、意思決定を個々人ができるような指標になっているかが大切です。

山田:創業者にとっては、そういったカルチャーそのものを、自ら創っていけることがメリットだといえます。自分の信じるものが何か、最適な行動とは何かを定義し、自分の目指すところに最短で近づくためにカルチャーを設計できる。僕は仕事が楽しい反面、人生にメリハリをつけて働きたいと思っています。ファインディは海外進出を考えていますので、日本的な発想やカルチャーが効かないことを前提に考えていますね。

副島:スタートアップや人数の少ない会社は世の中にはたくさんあります。ただ、その中でも「うちの会社はこういう会社なんだよ」と定義して、わかりやすく伝えることがカルチャーの役割ではないでしょうか。SmartHRには「許可より謝罪」という言葉があります。許可を得るために待つよりも、まずは行動して万が一何かあったら謝ればよい、というカルチャーです。それは「スピード感を優先する」という点から始まっています。

カルチャーを浸透させるには「納得感」をいかに高めるか

モリ:では、そのカルチャーはどのように作られていったのでしょう?

森山:アトラエでは、行動指針やビジョンを考える際に、あえてネガティブな視点からも見て、「それでいいんだっけ?」と叩いてみたりもします。ポジティブな話をしているだけでは、輪郭がはっきりしません。楽観的と悲観的、それぞれの見方を作ってあげることで、全体でカルチャーを共有できるようになっていきました。

副島:SmartHRは、どういったヴィジョンや価値観を持つ会社なのかを伝えられていないと採用が大変だという話を創業者たちは他社から聞いていたので、カルチャー作りはかなり早い段階から行っていました。年に2回の合宿をしているのでその都度、全社員で価値観を見直しましたが、議論している現場にその人がいて、「議論で決まっていった過程」を共有し、納得感を高めるのが大事ですね。合宿は価値観を決めていくことに社員が参加でき、それを自ら広めていくというモードになれる、ひとつの手です。

山田:カルチャーを浸透させる上で、納得感は大事ですね。先日、上場ベンチャーの経営陣の経営合宿をファシリテーションする機会があったのですが、最も大事なのは決めるプロセスにおいて、たとえ意思決定はせずとも自分がちゃんと「関われているか」だと考えています。たとえば、社長ばかりが話してしまうことがないように、どれだけ関わるメンバーの意見を引き出し、ちゃんと納得感を持たせられるかが大事。リクルートさん出身で現在大手で人事責任者を務める方からも幹部向けのファシリテーション研修が最も効果的だったという話も聞きました。納得感を持ちやすいように配慮しているのだと思いますね。

モリ:カルチャーを作るのも大切ですが、広めるのも大事ですよね。「納得感」の他に大事な要素はあるのでしょうか。

山田:私にとっての師匠である、外資企業で人事を務めていた女性が言っていたのですが、その企業のトップ層は出張の報告書ひとつにも「カルチャー」や「目指していること」(の言葉や文脈)を挟んでくる、と(笑)。そこまでしている会社は少ない。日本の会社はまだまだカルチャーを広める努力が不足した会社も多いのではないでしょうか。

森山:いま、カルチャーがうまく作れているのはメルカリさんでは。社外の人でもわかりやすい単語で、3つのバリューがまとまっている。日常的にその言語が出てくれば納得感をもって使えるし、人間は記憶の中で繰り返し言語化できないと浸透しない。他社から「御社のカルチャーは?」と問われて答えられない人が多いようでは弱いでしょうね。

会場となった渋谷・BOOK LAB TOKYOではイベントに関連したブックフェアを展開中だ。「スタートアップの成長を加速させる一冊」と題し、登壇者やCEOたちに選書してもらった。

社員の規模や会社のフェーズで共通に起きる問題の対応策も、価値観を問うカルチャーが必要なのも、そこで働くのが「人」である以上はどの企業にも起こりうることなのだろう。採用や労務の設計は、むしろスタートアップ企業だからこそ、その後の推進力に関わる重要なポイントだと。

11月7日には初回となるイベント「スタートアップを成功に導く『会計エコシステム』100社支えてきた会計士に学ぶ、スタートアップの会計戦略」を開催した。その模様は以前にレポートしているので、併せてチェックしてほしい。

Photographer: Kazuya Sasaka