高層ビルの一角に広がる農園では、栄養価の高い野菜が近隣住民のために栽培され、スーパーでは買い物客が倉庫内にあるハイテク農場から商品を「収穫」する――こんな「未来の農業」の実現を目指し、数々のスタートアップが「垂直農法」に挑戦している。

米AeroFarmsの垂直農場の様子(同社ウェブサイトより)

垂直農法とは、水平に広がる従来の農場とは違い、栽培スペースを地面に対して垂直に立てたり積み上げたりして、限られたスペースで効率的に作物を栽培するための手法を指す。

2000年代初頭に生まれたこの考え方をもとに、世界中のさまざまなスタートアップが都市部で野菜を栽培しようと試行錯誤を続けている。

先日の記事で紹介した通り、独Infarmはヨーロッパの大手スーパーとパートナーシップ契約を結び、米AeroFarmsは昨年世界最大の垂直農場をニュージャージー州に建設。

米Plentyもワシントン州に大型の垂直農場を建設予定で、ソフトバンクやAlphabet(Googleの持株会社)のEric Schmidt氏、AmazonのJeff Bezos氏らから合計2億ドルの資金を調達した。

なぜ今、これほどまでに垂直農法がもてはやされるのか。その背景には、環境配慮や都市部への人口集中など現代の人びとの価値観と、それを可能にするテクノロジーの発達が透けて見える。

新鮮な野菜を、限られたスペースで効率的に栽培

米Plentyの垂直農場の様子(同社ウェブサイトより)

まずは垂直農法の利点を確認してみよう。企業によってソリューションの詳細は異なるが、一般的な垂直農法のメリットは以下の通り。

  1. 農地の節約
  2. 持続可能性
  3. 効率的な流通チャンネル
  4. 自然環境への耐性

1.農地の節約

先述の通り、農地を垂直に増やすというのが垂直農法の根本にある考え方だ。最近では冒頭の写真のように、一定の大きさの栽培スペースを大きな棚のように積み上げる手法が広く採用されている。都市部の土地不足やそれに起因する地下の上昇が問題となる中、限られた空間や遊休施設を有効活用できるというのは垂直農法の大きなメリットの一つと言える。

2.持続可能性

垂直農場で使われる水の量は、従来の農場と比較して極めて少なく(先述のAeroFarmsの農場で使われる水の量は従来の農場の5%程度)、さらに農場は屋内で管理されているため、除草剤や殺虫剤も必要ない。またほとんどの場合、作物は水耕栽培されているので土地やせの心配さえない。

3.効率的な流通チャンネル

垂直農場は人口密度の高い都市部に設置されているため、輸送コストが抑えられると同時に、消費者に新鮮な野菜を供給できる。さらに輸送にかかる燃料も節約できるので、温室効果ガスの排出量を削減できるというのもこの農法のメリットだ。

4.自然環境への耐性

農場の気温や湿度は一定に保たれているため、干ばつや洪水などの自然災害への対策はもちろん、栽培時期が限られている作物も、垂直農法であれば1年中育てられる。そうなれば、当然収穫量も増加する。

期待されるさらなる進化、課題はコストと労働力

AeroFarmsの商品(同社ウェブサイトより)

一方で、まだ黎明期にあるこの農法にはいくつかの課題が残されているということを忘れてはならない。

  1. 農場の建設・運営にかかるコスト
  2. 作物の種類
  3. 労働力不足

1.農場の建設・運営にかかるコスト

栽培ベッドや棚、作物を管理するためのカメラやセンサー、LED照明など、垂直農法では従来の農法では使われていなかった種々の機材が必要になる。また新たに大規模な農場を建設するとなると、土地代や建設費用もかかってくる。

例えば、ニュージャージー州にあるAeroFarmsの垂直農場の建設には、約3000万ドルかかったと言われている。一方、従来型の農場をアイオワ州で購入した場合にかかる費用は8000ドルと初期投資にはかなりの差がある。

さらに、照明や温度管理などにかかる電気代もバカにならない。英紙Guardianで環境コラムニストを務めるGeorge Monbiot氏は、食パン1斤を作るために必要な量の小麦を垂直農業で栽培すると9.82ポンドの費用がかかるのに対し、市場で取引されている小麦の値段は9ペンス程度だと指摘する。

2.作物の種類

垂直農園の生産量は、従来の農園の何百倍にもなると謳われている一方で、栽培される作物の種類には限りがある。これは技術的に栽培が不可能という意味ではなく、ビジネスとして成り立たせるためには、発育スピードが早くて収穫量が多く、かつ利益率の高い作物でなければならないということだ。

実際に冒頭で名前を挙げた企業が栽培しているのは、発育期間が短く、利益率の良い葉物野菜が中心だ。

3.労働力不足

成長スピードの早いスタートアップ界では、人材不足にまつわる話をよく見聞きするが、その中でも後継者不足が問題となっている農業がテーマとなるとその深刻さはさらに増す。米農務省の調査によれば、2007年から2012年に農業人口は全体で3.1%減少し、専業農家に限っては4.3%も減少したとされている。

さらに同調査から、農業従事者の平均年齢も5年ごとに1〜2歳のペースで上昇し続けていることがわかった。日本の状況はアメリカよりも深刻で、農林水産省が発表した『2015年農林業センサス報告書』によれば、2010〜2015年に農業従事者の数は20%も減少し、平均年齢も0.5歳上がり、66.3歳となった。

これから私たちの食生活と農業はどう変わる?

それぞれの課題はどのように解決できるだろうか?

1.農場の建設・運営にかかるコスト

まずコストに関しては、作物の販売を通して初期投資分を回収できるかどうかがカギだ。調査会社Macrothink Instituteのレポートによれば、「積み上げタイプ」の農場の収穫量は、従来の農場の500倍を超えると言われている。また、農業支援システムを開発するAgrilystは、これを数字を売上高に変換すると、両者の間には4000倍以上の差が出てくると言う。

農法別期待収益の比較(Agrilystのレポートより)

レタスを例にとると、従来の農法では1エーカーあたり年間約1万2400ドルの収益が期待できるのに対し、垂直農法ではその額が215万ドル強と200倍近く開きがある。

先述のAeroFarmsの施設は、全体の広さが6万9,000平方フィート(約1.6エーカー)なので、仮にこの半分(0.8エーカー)が実際の農地として利用されているとしよう。

さらに同施設では、栽培ベッドが12段垂直に積み上げられているので、総作付面積は9.6エーカーになる。そのすべてにレタスを植えるとすると、期待収益は2,000万ドルを超える。一方、同じ面積の屋外農場でレタスを栽培した場合の期待収益は12万ドル程度にしかならない。

これはあくまで理論上の数字ではあるが、年間でここまで収益に差が出るとなると、初期投資費用やランニングコストの高さも十分正当化できるのではないだろうか。

2.作物の種類

次に売上と大きな関係がある作物の種類については、どのスタートアップもこれから成長期に入ろうという段階のため、現時点では判断を下すことが難しい。しかし、垂直農業が普及していくうちに関連コストが下がれば、新規参入企業や家庭に設置できるシステムが誕生する可能性もあるので、すべての企業が限られた数の似通った作物を栽培するということもなくなっていくだろう。

さらに近年研究が進められている、ゲノム編集という遺伝子改変技術にも期待だ。水産業の世界では、実際にゲノム編集を使って魚の成長スピードを加速させたり、体積を増やしたりすることに成功している。この技術を応用すれば、生産効率のあまりよくない作物も垂直農場で栽培されるようになるかもしれない。

3.労働力不足

この課題も解決には時間がかかりそうだ。しかし機械を製造する工場のように、垂直農場の自動化が進めば、そもそも農場で働く人が足りないという問題さえなくなる可能性がある。

さらに米アリゾナ大学や英ノッティンガム大学は、環境制御型農業(テクノロジーを積極的に採用した農業を指し、垂直農業もこれに含まれる)のリサーチプログラムを発足させ、研究者の育成に努めている。

未来の農業

現時点の垂直農業の状況や食料需要を考えると、近いうちに従来の農場がすべて代替されるということは考えづらいが、少なくとも一部の人口に安定的に新鮮な野菜を届ける手段としては十分実用レベルに近い状態にある。

そして将来的には、この技術が消費者の食生活だけでなく、農業という産業の構造さえ大きく変えることになるかもしれない。