旅に出るとき、「どこに行くのか」を決めてから「どこに泊まるか」を考えるのが一般的だ。

宿の選び方は、部屋や食事のグレード、部屋からの眺めや立地条件などが主な基準であった。宿のブランド力も選択に影響を与えていたかもしれない。

アップデートされる「宿泊体験」

だが、最近は宿泊体験そのものがアップグレードされている。宿泊する地域をより楽しむためのスタイルとして支持を集める「Airbnb」。宿泊という体験の多様化としての「グランピング」。

他業界から参入し、ホテルをブランドの世界観を伝える場と解釈した「MUJIホテル」などの登場は、宿泊という行為に、楽しさや新しさを見出した。どこに行くかよりも、どこに泊まるかを軸に旅を組み立てたくなるほどだ。

その一方で、仕方なく泊まるという消極的な理由の宿泊もある。終電がなくなってしまった時や、金銭的な理由からとにかく安く泊まりたいなどのニーズがこれに当てはまるだろう。

この場合の宿泊は手段であり、とにかく寝ることが目的と言える。“安かろう悪かろう”でも、サービスとして通用する。

宿泊方法として思い浮かぶのは、カプセルホテルだ。都市部への出張をリーズナブルに済ませたいときや、終電をなくしたサラリーマンが、家までのタクシー代よりも安く次の日を迎える方法として利用されているイメージが強い。

だが、時代の変化とともに、カプセルホテルも変わりつつある。アップデートされたカプセルホテルがもたらす価値と新しい顧客層について考えたい。

LCC利用客や女性をターゲットにした「9h」

9h(ナインアワーズ)」は、京都、成田空港、仙台、北新宿、神田の5店舗を展開するカプセルホテルだ。

古い一日から、新しい一日へのリセット。そこには、3つの基本行動が存在します。汗を洗い流す。眠る。身支度をする。私たちは、この3つの行為を時間に置き換え、1h(汗を洗い流す)+7h(眠る)+1h(身支度)としました。この最もシンプルな宿泊の概念を基に、「9h」は都市生活にジャストフィットする宿泊の機能と、世界に類を見ない新しい滞在価値を提供します。

こう記載されているように、「9h」はシンプルに泊まることに特化したカプセルホテルだ。

成田空港の店舗では、バニラエアやジェットスターと連携した割引サービスを展開しており、利用者が増える格安航空券の早朝便の乗客などを取り込もうとしていることがわかる。

神田にある女性専用の店舗も特徴的だ。東京駅にほど近い神田であれば、出張時の利用も想定できるし、飲みすぎてしまった日の予期せぬ宿泊にも対応できる。宿泊施設となれば、女性にとっては敏感にならざるをえない。女性専用による安心感は大きいだろう。

ミレニアル世代のためカプセルホテル「The Millenials」

The Millenials」は“ミレニアル世代のためのライフスタイルホテル” をテーマに掲げた、京都にあるカプセルホテル。

上下に部屋を分けず、2.3mの天井高を実現。上下に泊まる人への気遣いをする必要がない。個室にするためのスクリーンを閉じれば、それが80インチの大画面ホームシアターになる。調光やベッドのリクライニング、スクリーンの上げ下げは、チェックイン時に渡されるiPod Touchで操作可能だ。

ホテル面積の20%がワークスペース、キッチン、プレイゾーン、食卓、バーカウンターなどの共用部になっており、24時間使うことができる。空間デザインとして、シェアハウスに考え方が似ている。寝るためのスペースや個人の空間はある程度確保しつつ、シェアスペースに重点を置き、コミュニケーションや体験を楽しんでもらうスタイルだ。

Airbnbなどのサービスに日頃から接しているミレニアル世代は、所有とシェアの住み分けが合理的であり、既存の宿泊施設の定義にとらわれることがない。共用部に重きを置くカプセルホテルも、スムーズに受け入れられるだろう。

施設内にはコワーキングスペースも設置される。宿泊者とローカルなコミュニティの交差は、フリーランスにも支持されそうだ。

グランピングをコンセプトにした「グランジット アキハバラ」

10月17日にオープンした「グランジット アキハバラ」は、グランピングをコンセプトにしたカプセルホテル。木の壁や、シンボルツリーなどが配置された建物内は、既存のカプセルホテルが持つ人工的なイメージとは真逆だ。

女性のために無香料・無着色・パラベンフリーのアメニティを用意。セキュリティゲートにより男女の宿泊場所を管理しているため、女性にも利用しやすい環境だ。

東京西川と共同開発したオリジナルマットレスを備えるほか、プレミアムシートとしてサイドデスクと専用ロッカーを備えたカプセルもあり、ビジネスホテルの客層へもアプローチしている。

「快適性を追求したワンランク上のカプセルホテル」というキャッチコピーからもわかるように、泊まれるだけで良いという既存のカプセルホテルを、気持ちよく過ごせる空間にアップデートした。

これまでビジネスホテルに泊まっていた層にとっても、このカプセルホテルなら泊まっても良いかもと、宿泊先の選択肢に入ってくるだろう。

“安かろう悪かろう”をアップデートする

それぞれのカプセルホテルが提供する価値は異なる。だが、“安かろう悪かろう“と思われていたカプセルホテルのコンセプトを練り直したり、付加価値をつけたりすることで、その価値をアップデートした。

「9h」は女性やLCCの利用客といった新しいターゲットに、「宿泊する上で必要なものは何か」を考え抜き、ミニマルな宿泊体験を提供した。「The Millenials」はシェアスペースを拡大し、合理性や自由を重視するミレニアル世代にアプローチした。「グランジット アキハバラ」は、ビジネスホテルと同等と言えるほどにカプセルホテルの価値を引き上げた。

値段と品質のバランスがとれた新しいカプセルホテルは、外国人観光客からの人気も高い。人気が増す中で、個性的なカプセルホテルが増加している。また、旅館業法が改正され、客室面積の規制が緩和された。インバウンドと法律の後押しにより、カプセルホテルはさらなる盛り上がりをみせそうだ。

世の中には、リーズナブルに済ませたいというニーズがある。顧客は、リーズナブルならば多少のことには眼をつぶってもいいと思っている。だが、眼をつぶっている部分をリデザインすることで新たな客層にアプローチできるはずだ。

“安かろう悪かろう”と思われているものは、必要最低限の機能やサービスしか提供していない。そこに新しい価値を組み合わせると、新たな客層にアプローチできるようになる。

「洗濯」という必要最低限のサービスを提供していたコインランドリーは、洗濯の“待ち時間”に注目することで、新たなサービスを提供する場に“再発明”された。

削ぎ落とされて、シンプルなサービスであればあるほど、拡張する余白があるはずだ。“安かろう悪かろう”と言われているものに注目すると、そこに新しいビジネスのヒントが眠っているかもしれない。

img:9h , The Millennials Kyoto , GLANSIT AKIHABARA