ベルリンで暮らしながら、日本のチームと仕事をしている私にとって、ビデオチャットアプリは仕事に欠かせないツールだ。オンラインでインタビューやミーティングを行う機会が多いため、ビデオチャットアプリの使い心地が良いかどうかは生産性に大きな影響を与える。

先日、ビデオチャットアプリ「appear.in」をはじめて使ってみて驚いた。チャットルーム開設の簡単さ、チャット参加者の招待のしやすさ、会話に集中できる画面デザインなど、そのシンプルながら使い心地の良いUI設計に魅了された。

appear.inを生み出したのは、ノルウェーの首都オスロのチームだ。同社いわく使われている国は226カ国、直近1ヶ月のユーザー数は90万人、アプリ上で行われる会話の数は1週間で100万件にのぼるという。

勢いよく成長中のプロダクトを育てているappear.inのチームは、遠隔地にいるユーザー間のコミュニケーションをスムーズにするというプロダクトのコンセプト同様に、彼ら自身も「リモート・ファースト」の働き方を推進している。

「それぞれが好きな場所で働きつつ、生産性の高いチームワークは実現できるはず」という信念のもと、チームでプロダクト開発を進める appear.inを現地取材した。

ノルウェーの通信大手Telenorのハッカソンで誕生 。爆発的なグロースで社内チームを結成

オスロ中心部からバスで20分。海沿いの広大なキャンパスにあるTelenorの巨大な本社ビル内に appear.in のチームがいる

世界中にユーザーを持つappear.inは、一体どのように生まれたのだろうか?

appear.in の原型となるアイデアが生まれたのは、ノルウェーの大手テレコムTelenorが2013年に開催した社内ハッカソンだった。当時、Telenorで新規に立ち上がったデジタル部門でエンジニア採用を担当していたイングリッド・オデガード氏は、ハッカソンでブラウザ上で動作するビデオ会議アプリというアイデアを思いつき、インターンのエンジニアとともにプロトタイプを開発する。

ハッカソンで開発した簡単なプロダクトを、デジタルプロダクトに関心のある人々が集まるコミュニティに投稿したところ、大きな注目を集め、サーバーがクラッシュするほどユーザーが集まった。プロダクトは口コミで急速に広まっていき、4ヶ月で175カ国のユーザーが使うまでになった。

「コンセプトが新しかったから」−−プロダクトが多くの人々に支持された最も大きな理由についてオデガード氏はこう語る。プラグイン無しでウェブブラウザ間のビデオ・ボイスチャットを可能にするWebRTC(Web Real-Time Communication)を初めてChromeがサポートしたのが2012年のこと。Firefoxも2013年にサポートを始めたばかりのタイミングだった。他に同様の目立ったプロダクトがない中で、appear.in が注目を浴びたのだ。

シンプルで柔軟なプロダクトが、ミレニアル世代の新しい働き方をサポート

appear.in のチームスペース。Telenorの落ち着いたオフィスの一角に突如広がるカラフルな空間。遊び心を取り入れて、appear.in ならではの雰囲気をつくっている

新しかったことだけが理由ではもちろんない。プロダクトの使いやすさも、ユーザーの大きな支持を集めた理由となった。

appear.inを使いたいときは、ユーザーはappear.inのサイトに行き、適当な名前を入力してトークルームを開設する。トークルームのURLをコピーして、ビデオ会議に招待したい人にURLを渡す。他の参加者はURLを受け取って、トークルームに入れば、すぐにビデオ会議を始められる。

スカイプのように相手のIDを事前に確認して、連絡先を追加する必要はない。SlackやFacebookメッセンジャーのように、そのプラットフォーム上で直接つながっている必要もない。URLを交換するだけでビデオ会議が始められる。使い方を迷わせないシンプルなUIと、ビデオ会議に特化した画面デザインも魅力だ。

シンプルであり、柔軟である。

これこそ、まさにミレニアル世代の働き方のキーワードであり、appear.in が開発の上で重視している点だ。

appear.inと同様に、ミレニアル世代の柔軟な働き方をサポートするサービスとして、チーム内のコミュニケーションアプリ Slackや、ワークフロー管理アプリ Trelloがある。これらのツールとの統合を可能にし、リモートワークを実践しやすい環境を作り上げた。

開発メンバーが日本で働き、現地でミートアップも開催

リモートワークを円滑に進めるサービスを提供しているappear.in自身もチームメンバーの働き方を柔軟に変えていく取り組みを行っている。

まず、社員が仕事をする場所を完全に自由にした。コミュニケーションに活用するのは appear.in、Slack、Trelloのようなツールだ。

リモートワークを認めたところ、旅をしながら仕事をするメンバーも現れた。appear.inの二人のエンジニアのお気に入りの仕事場は東京だ。

コワーキングスペースで仕事をしながら、東京のノルウェービールバー「ØL Tokyo」でappear.inユーザーたちとドリンクミートアップを開催。そこでつながった大手企業に会社のオフィスに招かれたりと、新しいつながりも生まれていった。

東京でリモートワークをしていたエンジニアが開催したドリンクミートアップ。日本のユーザーと交流を深めた

遠く離れた場所で仕事をしている二人のエンジニアが、ペアを組んで課題に取り組む際も、appear.in を活用して進めていく。隣どうしに座らなければ、直接顔を合わせなければできないと思われていたようなことも、ツールを活用して乗り越えていく。

画面共有でコードを共有しながら、二人で開発を進めていく

オンラインでの「雑談」がチームの結束力を高める

appear.in やSlackのようにリモートワークをサポートするツールを活用することも大事だが、ツールだけで全てがうまくいくわけではない。リモートワークで生じる課題を乗り越える工夫が必要だ。

たとえば、リモートのメンバー同士でチームの一体感をどう築いていくかはリモートワークに伴う課題の一つだ。appear.inの場合、メンバーのほとんどはオスロ在住だが、アメリカ市場を担当するメンバーはテキサス在住、ノルウェー西部を拠点にしているメンバーもいる。

直接会う機会がほとんどなければ、コミュニケーションが希薄になり、チームの力が弱まるのではないかという危機意識があった。解決策として、遠方を拠点にするメンバー同士をつないで、毎週金曜日にメンバー同士で雑談する「チャットタイム」を設けた。

オスロとテキサス、ノルウェー西部の三拠点をつないで近況を報告しあうチャットタイム。テキサスを最近襲った大型ハリケーンの被害について話していたのが印象的だった

Slackのスレッドでは、メンバー全員が仕事を始める時間と終わる時間に一言共有するルールも設けている。仕事始めには、その日に仕事をする場所と取り組んでいることを共有する。終わるときも一言仕事を終えることを伝える。

リモートワークの場合は、時間を気にせずに長時間働き過ぎてしまうこともある。だからこそ、オンオフをしっかりつけて働き過ぎを防ぎたいという。

時にはメンバー全員でスキーに出かけるなどして、メンバー同士が交流する機会も設けている。リモートファーストなチームだからこそ、時折集まってお互いのことをより深く知ったり、一緒になにかを楽しむ機会をつくることも重要だ。

「信頼」こそがリモートワークを成功させる鍵

スキー旅行でチームビルディング

さまざまな工夫を重ねながら、リモートワークをうまく活用しているように見えるappear.inのチーム。お互いの働きぶりが見えにくい中で、特に管理職として管理のしずらさや不安のようなものはないのだろうか。オデガード氏に問いかけると、こんな答えが返ってきた。

「リモートワークを推し進める上で重要なのは、”信頼”です。決められた労働時間はありますが、それを満たしているかどうかメンバーの労働時間をチェックしたことはありません。メンバーのことを信頼しているからです。それぞれがやるべきことを、自分のもっとも望む環境でできることが大切だと思っています」

世界中で使用されているビデオチャットツールappear.inを開発するチームは、自社のビデオチャットアプリ、Slack、Trelloなどの生産性を高めるツールを活用しつつ、最先端の働き方を実践している。

彼らは、自立したメンバー同士が「信頼」をベースに強くつながってる、とても”大人な”チームだった。

img : appear.in, Yuki Sato

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