8パーセント。

「自分は創造的である」と感じる日本の若者の割合だ。

PhotoshopやIllustratorなどの革新的なソフトを生み出してきたAdobeが、世界の12歳から18歳の若者に対して行った調査データが、世間を賑わせた。

Adobeが調査した米国、英国、オーストラリア、ドイツを含むグローバル平均が44パーセントなのに対し、自らを創造的だと思っている日本の若者はわずか8パーセントしかいなかった。

冷静に考えて、自分のことを「創造的である」と言える日本人はそう多くないだろう。そもそも、創造性をどのように身につければいいのかなんて、誰も教えてくれなかったのだから。

「創造性は誰しもが持てるものなのだろうか?」–そんな問いを持ちながら、デンマークのビジネスデザインスクールに留学した女性がいる。

株式会社レア共同代表の大本綾氏だ。同氏は、新卒で入社した外資系広告代理店で働いているとき、コピーライターやアートディレクターの“クリエイティブ職“の仕事を間近で見て、疑問を持った。創造性は後天的に身につけられるものなのか、と。

彼女は、個人が創造性を発揮し、チームや組織を導くための「クリエイティブ・リーダーシップ」を学びに、デンマークのビジネスデザインスクール「カオスパイロット」に留学。現在は、企業向けに創造性を発揮するためのプログラムを提供するなど、日本で活動を行っている。

大本氏の学びの旅から、私たちが創造性を発揮するためのヒントを探る。カオスパイロットのプログラムからは、いかに自分や他者と向き合うことが、創造性を発揮する上で大切なのかがわかるはずだ。

大本綾
株式会社レア共同代表 / クリエイティブ・プロセス・デザイナー。高校、大学でカナダとアメリカに2年留学。大学卒業後、WPPグループの広告会社であるグレイワールドワイドで、大手消費材メーカーのブランド戦略、コミュニケーション開発に携わる。その後、デンマークのビジネスデザインスクール、KAOSPILOTに初の日本人留学生として受け入れられ、2015年6月に卒業。留学中は起業家精神とクリエイティブ・リーダーシップを中心に学び、デンマーク、イギリス、南アフリカ、日本において社会や組織開発のプロジェクトに携わる。ダイヤモンド・書籍オンラインの連載記事『幸福大国デンマークのデザイン思考』の著者。KAOSPILOTの留学経験から、クリエイティブは才能ではなく、トレーニングによって得ることができるスキルであると確信。企業や教育機関を始め様々な組織に対してクリエイティブな人材育成と組織開発プログラムの開発・実施し好評を得ている。

混沌とした社会を導くリーダーを育てる学び舎「カオスパイロット」

ベルリンの壁崩壊や若年の失業者の増加を背景に、1990年代初頭のヨーロッパは閉塞感に包まれていた。

「いつ何が起きるかわからない不確実な時代でも、自ら仕事を作り活躍できる若者を育てたい」

1991年に設立された「カオスパイロット」には、混沌とした状況でも社会を導くリーダーを輩出しようという想いが込められている。カオス(混乱)な状況でもパイロットのように人々をナビゲートできる人材を育てるという意図で「カオスパイロット」は名づけられた。

カオスパイロットが位置するのは、オーフスという人口約30万人の都市。決して大きくはないこの街の学校で、組織や社会を導くチェンジメーカーになるための「クリエイティブリーダーシップ」が教えられている。

大本氏は、日本人として初めてこのスクールに留学した。きっかけは、東日本大震災後に立ち上がったTEDxTohokuに参加した際の、カオスパイロットの卒業生との出会いだった。

大本「世界の様々なデザインスクールやビジネススクールを調べる中で、どのスクールも決め手に欠けていました。当時、東日本大震災後に立ち上がったTEDxTohokuに参加した時にカオスパイロットの卒業生と出会ったんです。社会課題を解決するために自身の能力を最大限発揮し、プロジェクトを作る彼女に強く感銘を受けました。私もカオスパイロットで学びたい、そう思うようになったんです」

「社会にポジティブな影響を」想いを共有しながら、多様な人々が集う

img : KAOSPILOT

「入学してみて、カオスパイロットに集う人々の多様性にまず驚きました」

大本氏がこのように語るように、カオスパイロットに入学する学生たちは、バックグラウンドが実に多様だ。

大本「私と同じ時期に入学したメンバーの中には、ダンサー、DJ、スポーツ選手などがいて、その多彩さに驚きました」

多様性を持って入学してきた学生たちは、卒業後の進路も様々だ。企業内でリーダーシップや起業家精神を浸透させる仕事に従事する卒業生もいれば、ソマリアで海賊を追ってドキュメンタリーを撮影したり、ケニアでエシカル・ファッションブランドを立ち上げる卒業生もいるという。

卒業後の進路が多様であっても、その根底にはカオスパイロットの思想が脈々と受け継がれている。

大本「活動の根底にあるのは、社会にポジティブな変革を生み出すという想いです。自らの手で事業を生み出し、社会に一石を投じるチェンジメーカーを育てる場として、カオスパイロットは卒業生を送り出してきました」

根底に流れる想いを共有しながら、多様性を大事にする。これは企業においても求められていることだ。カオスパイロットでは、どのように多様性を活かす環境を生み出しているのだろうか。

自分を深く理解することで、「他者と分かり合う」最初の一歩を踏み出せる

カオスパイロットでは、多様なバックグラウンドを持つ入学生同士が、お互いのことを全く知らない状態からともに学び、仲間となっていく。

同スクールでは、チームの多様性の価値に気づくことを促すために、様々なワークが行われる。入学時の最初の課題は「自分の価値観を表すものを1つ持ってきてチームメンバーに共有すること。次にチーム全体で4つの価値観を決めること」だった。

大本「最初のワークで、私は『靴』を持っていきました。自分の中の『行動を起こす』という価値観を伝えるためです。35人の同期たちが持ってきたアイテムは多様で、数時間前に出会った人と大切にしたい価値観を全員で決める話し合いは、“カオス“なものでした」

「それでも『自分はどのような価値観を持っているのか』を考えることで、自分について深く理解する最初の一歩を踏み出せる」–そう大本氏は語る。

大本「まず、自身の価値観について改めて言語化します。その次に、チームメンバーの価値観を聞き、お互いの価値観をすり合わせながら、チームで共通して大切にしたい価値観を作り出しました。チームメンバーの価値観にも触れることで、その場にある多様性に気づいていくんです」

自分を理解し、他者を理解する。多様性を受け入れるとは、このプロセスの繰り返しだ。カオスパイロットに集まる人々の多様さは、その回転を早め、深化させる。

大本「カオスパイロットの同級生には、数字の意味が理解できない、算数障害を持つ学生もいました。彼女は世界を数字で捉えられない代わりに、イメージで捉えている。複雑な状況を絵でまとめる能力が優れていて、議論を可視化するグラフィックレコーディングでチームをリードする存在でした。そんな多様な能力を持った人々と学び合う機会があるからこそ、これまでに無かったようなものが生まれるのではないでしょうか」

多様性に溢れた同級生たちと肩を並べ、彼らはカオスパイロットでどう学んでいったのだろうか。

不確実性の高い環境に飛び出し「創造性」を身につける訓練を行う

カオスパイロットでの授業の様子

不確実な時代を導くリーダーになるためには、自らの創造性を活かして刻一刻と変化する状況に対応していく力が求められる。カオスパイロットでは、個人が創造性を発揮するための様々なプログラムが準備されている。

カオスパイロットをはじめ、欧州のビジネススクールでは「実践」を通じて学ぶ。カオスパイロットでも、1年目からクライアントとなる企業とのプロジェクトに参加し、実践の中で学びを深めていく。クライアントは、学校側が見つけてきてくれるケースも多く、生徒たちはプロジェクトに集中できる。少し慣れてきたころに、彼らはさらに新しいことに挑戦する。

この挑戦が2年目に行われる「OUTPOST」であり、3年間に渡るカオスパイロットの教育プログラムの中でも、特にユニークなプログラムだ。生徒たちはチームを組んで、デンマークから飛び出し、世界の決まった都市に4ヶ月滞在。現地で、チームで協力しながらプロジェクトの立ち上げを経験する。

過去には、上海、サンフランシスコ、キューバ、コロンビアのボコタなど、様々な都市がプログラムの対象に選ばれてきた。大本氏が訪れた都市は、南アフリカ共和国のケープタウン。訪れたことのない異国の地で「どんなプロジェクトを立ち上げるのか」「どんなクライアントを見つけるのか」など、全て手探りの状態からプログラムは始まった。

大本「ケープタウンは、私が今まで暮らしてきた日本やアメリカ、デンマークと文化も言語も全く異なる土地。これまでの人生で接点はなく、言うなれば、”はるか遠い他者”だった人々が暮らしている街でした。そんな場所で、現地の人々に貢献できるような新しいプロジェクトを立ち上げる。今までの人生で経験したことがないほど、カオスな日々でした」

慣れない土地、異なる文化。この状況で、コンディションを整えるだけでも一苦労だ。まず、その土地を理解するために、大本氏たちのチームは現地調査を実施。調査を進める過程で、大きな課題が見えてきた。

南アフリカ共和国は、1991年まで白人と有色人種を隔離する政策「アパルトヘイト」が行われてきた。現在に至るまでその影響は残っており、いまだにケープタウンに暮らす人々の間には様々な壁が存在していた。ケープタウンで過ごすうちに、大本氏は残り続ける壁の存在を感じるようになっていった。

大本「ケープタウンで、ずっと路上生活をしているホームレスの黒人男性に話しかけたんです。『白人男性が裸足でも入れるのに、たとえ靴を履いていたとしても入場を断られる場所が未だに残っている』と、彼は教えてくれました。南アフリカの社会に根強く残る“分断“に何かしらの形でアプローチできないか、彼との対話がきっかけで、そう考えるようになったんです」

人々の間にある壁を取り除くためには、人々がお互いのことを理解し、相手の生き方や考え方に共感できる環境をつくらなければいけない。そこで大本氏は背景の異なる人々同士でテーブルを囲み、話をする「Table of Hope」というプロジェクトを実行した。

背景の異なる人同士が、どのように同じ未来を描き、一歩を踏み出すことができるのか。根強く存在する、分断を乗り越える挑戦だった。大本氏はこの難題に挑戦する上でのヒントを、デンマークでの経験から得ていた。

ケープタウンの人々に「Hope」を書いてもらい、食事をともにした

大本「ケープタウンに住んでいる人々に『あなたのHopeはなんですか』と尋ねていきました。デンマークでは、「私たちはどういう未来を作りたいのか」を市民全員で話し合う文化があるんです。話し合うことで、その未来を自分で作り出したいという主体性が育まれる。ケープタウンでも同様に『Hope』を尋ねることで、分断を乗り越える最初の一歩をつくれないかと考えたんです」

食事を共にすれば、自然と会話も生まれる。ホームレスの黒人男性もこのテーブル作りに参加して、お互いのHopeを語り合った。

大本氏は彼と対話が自分の壁を壊すことにつながった、と振り返る。

大本「『Table of Hope』のプロジェクトを通じて、南アフリカにおける分断を乗り越えるだけではなく、自分の中にある“壁“も壊れていったんです」

不確実性の高い環境下で、どのようにしてその環境に働きかけていくのか。大本氏は、様々なプロジェクトを通じて創造性を発揮する訓練を積み、徐々に自信がついていった。

変化の激しい時代を生きるために「学び方」を学ぶ

米国のS&P500企業の寿命は、1960年代には最大61年だったものが、現在では25年程度。企業の寿命は、もはや私たちが働き続ける年数よりも短い。

現代では、1社で勤め上げることは現実的ではない。新たな環境に適応するために、学び続けなければならない。だが、私たちの多くは「学び方」を知らない。

カオスパイロットでは、この学び方を重視している。彼らの学びのプロセスは、「実践」「内省」「理論」の3つのサイクルを回し、徹底して「振り返り」を行うよう設計されている。プロセスの各ステップを一つ一つ紐解いてみよう。

まず、学びを深める上で特に重視しているのが、学ぶ方向性を明確にすることだ。「自分はどんな人間で、何に情熱があるのか。何を学べば成長することができるのか」と自分に問いかける。そうすることで、自分に必要な「学び」を発見することができるという。

人は、日々の忙しさに忙殺されてしまっていて、自分の欲求や感情、目標を観察する余裕がないことがほとんどだ。自分のことがわからなければ、なぜ自分がプロジェクトに関わっているのかを把握することは難しく、納得しづらい。納得して、主体的に取り組まなければ、得られる学びは多くはならないだろう。

大本「振り返りによって『自分はプロジェクトを通じて、どのような未来を築きたいのか』を明確にしていきます。ビジョンが明確になれば、他者をビジョンに惹きつけ、自らのプロジェクトに巻き込んでいくことだってできます。何を経験し、学ぶかは、自分を知ることから始まるんです」

幸福にも、私たちは選択肢の多い時代に生きている。人は、プロジェクトに関わることを選んでいるはずだ。本来、そこには意思が介在している。内省によって、それを見つけ出す。

ただ流さるままに行動するのではなく、目の前のプロジェクトに取り組む意義を見つける。その後は、ビジョンを語り、必要があればクライアントを見つけ、外部のリソースを活用しながら、実践する。

カオスパイロットでは、実践の前に「方法」や「理論」を教えない。生徒たちは、実践を終えた後に、理論を学ぶ。この順番が、学びを深める上で重要なポイントになるという。

大本「実践する中で、上手くいかないことや自身の弱点が見えきます。実践して、失敗して。その後、同じ失敗を繰り返さないためにも、組織開発やリーダーシップなどの理論を学びます。先に理論を学ぼうとすると『何のために学ぶのか』が明確にならず、知識だけを吸収しようとしてしまいます。実践の後に理論を学べば、『失敗を繰り返さないために、この理論が必要だ』と、学ぶ目的が明確になります」

ついつい、人は実践する前に答えや法則を知りたがる。だが、課題がどこにあるのか体感できていない中で、インプットだけ増やしても血肉になりづらい。実践の後に、理論を学ぶという順番が学びにつながる。

実践、内省、理論。この学習のサイクルを効率よく回すために必要なのが、定期的な「振り返り」だ。

カオスパイロットにおける振り返りは、個人、ペア、グループやチーム、組織という様々なレイヤーで行われる。細かくプロジェクトの現在地や自身の描きたい未来をその都度再確認することで、「自分がそのプロジェクトに取り組む目的は何か、また身につけたいスキルは何か」を明確にする機会を増やす。

カオスパイロットの学びのプロセスは、一瞬一瞬の出来事から、得られる学びを増やそうとするものだ。スキルや知識は陳腐化する可能性があるが、学ぶプロセス自体を身につけられれば、新しいスキルや能力を身につけることは難しくないだろう。

自分と徹底的に向き合うことで、挑戦への最初の一歩を踏み出す

「創造性を身につけることも、人々を導くことも、訓練によって鍛えることができる」–大本氏はこう語る。学び方を知ることで、創造性やリーダーシップをも鍛えることができる。そのためには、「個」に最適化することが必要だ。

大本「リーダーシップは、その人の個性やクリエイティビティに基づきます。それは、画一的には教えることは難しい。カオスパイロットでは『学びの旅をキュレートする』という表現を用いて、個々人にリーダーシップに関する学びを最適化していました」

人は本来、創造的であり、多様性に満ちている。にも関わらず、アプローチは画一的なものばかりだった。カオスパイロットの取り組みからは、ポテンシャルを発揮するために自分を理解して何がやりたいのかを発見しよう、というメッセージを感じる。

大本氏は、カオスパイロットでの学びを経て、帰国後に株式会社レアを設立。現在、大本氏はカオスパイロットで学んだ思想や手法を用いて、ワークショップなどの手段を通じて、様々な日本企業や大学機関の組織開発や人材育成、ビジョンづくりに取り組んでいる。

大本「カオスパイロットのカリキュラムでは、最初の一歩を自身の足で踏み出すことを、重要視していました。自分と向き合うことで、取り組みたいプロジェクトを見つけ、最初の一歩を踏み出す。それが大事なんです」

大本氏が日本でカオスパイロットの手法を実践する際も「自己理解」を大切にしている。前提とする考え方の違いが、大本氏が設計するワークショップを特徴づける。

大本「一般的なワークショップでは、当日のコンテンツを事前にしっかりと決め、そのスケジュールどおりに進行していきます。私が行うワークショップでは『沈黙』に価値を置くんです。内省や、学びを振り返る時間を多く取るために、あえて余白を残す設計にしています」

自己を理解することで、他者と協働する礎を築くことができる。大本氏は企業向けにプログラムを実施する際に、組織内の参加メンバー同士がお互いを理解できるようなワークを行うことを心がけている。

大本「カオスパイロットでは、最初のワークで自分の価値観を表すものを持ち寄って、お互いのメンバーの価値観を理解します。このワークでは、驚くほど人は多様であることがわかります。日本人は同質的だと言われていますが、そんなことはありません。自分を知り、一緒に働いている仲間の個性に気づくことが、ともに新しい何かに取り組む際に必要になるはずです」

自分と徹底的に向き合い、挑戦したいことを発見する。自分の“やりたいこと“を深く理解した上で、他者と向き合う。カオスパイロットでは、様々なワークやアクティビティを通じて、自己理解と他者理解の重要性が繰り返し伝えられていたように思える。

選択肢が無数に存在するからこそ、自分が取り組みたいことを理解し、それを“選ぶ”ことがとても大切な時代になっている。社会や組織に大きなインパクトを与える最初の一歩は、とても小さいものかもしれない。だが、個人の挑戦から新しいものは生まれ、社会や組織にポジティブな影響を与えていくだろう。

Photographer : Hajime Kato

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