世界の美食家が認める一流レストランたち。高い技量を持つシェフが腕によりをかけて調理した料理が振る舞われ、世界各地から訪れた客を魅了する。

一流と呼ばれるレストランは数あれど、国の経済にまで多大な影響を及ぼしたレストランとなると、どれくらいの数になるのだろうか。

2003年、デンマークのコペンハーゲンにオープンしたレストラン「Noma(ノーマ)」は、間違いなく国の経済に大きな影響を及ぼしたレストランの一つだ。

NomaはTime誌が「Nomanomics」と呼ぶほどの経済効果をデンマークにもたらし、“食”を理由にデンマーク観光に訪れるという文化を作り出した。

新たな食文化の発達に後押しされ、デンマークを観光で訪れる人の数は11%も増加。その中でもNomaの果たした貢献は、現地の農家から漁師、醸造家まで誰もが認めるほどだという。

地域に根ざした独自の料理で“世界一”を手に入れた「Noma」とは?

世界のベスト・レストラン50」で4度も首位を獲得したレストラン「Noma」の設立者は、フードアントレプレナーのClaus Meyer(クラウス・メイヤー)氏と、料理人René Redzepi(レネ・レゼピ)氏の二人。

メイヤー氏は設立前からデンマークでは料理家として知られ、主にフランス料理を得意としていた。後に自国でも豊かな食文化を育めないかと考え、コペンハーゲンの人気レストランでシェフとして活躍していたレゼピ氏に声をかけた。

Nomaの特徴は北欧地域の食材を用いて独創的な料理を世に送り出している点だ。例えば、「beef tartare with ants(牛肉のタルタルと蟻)」 「chocolate-covered moss(チョコレートをコーティングした苔)」といったメニュー。柑橘類で酸味を表現する代わりに北欧に生息する蟻の発する酸を用いる。

徹底的に土着の食材にこだわる姿勢は、設立時に発表したマニフェスト「New Nordic Food Manifesto」にもとづく。マニフェストには、北欧地域に根付く食材を大切にするだけでなく、革新的な調理法の創造、他国の食文化と北欧料理の融合まで、食に対する確たるアプローチが表明されている。

この食に対する姿勢が、Nomaを次々と新たな挑戦へと駆り立てる。

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新たな北欧料理を生んだ手法を外部に持ち込む

北欧において成功を収めた彼らは国外でもマニフェストを実践する試みを始める。新しい環境でNomaを再現したら一体どんな料理が生まれるのか。疑問に思ったレゼピ氏は、期間限定レストランを世界各地で開く“旅”に出ることを決意する。

その初めての本格的な舞台となったのが東京だ。日本橋のマンダリンオリエンタルホテルにて、2015年1月から2月までの約6週間に渡り「Noma at Mandarin Oriental, Tokyo」をオープンした。

レゼピ氏を含むNomaのシェフたちは、数ヶ月に渡り日本各地でフィールドワークを実施。日本の食文化への知見を深めた上で、北欧とはまったく異なる調味料と食材、調理法によって、前菜からデザートまでレシピをゼロから作り上げた。

その独創的な料理は日本国内でも大きな反響を呼び、レストランの準備期間から開催中の様子は、『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』というドキュメンタリー映画にまとめられている。

その後もNomaはシドニーやメキシコでも期間限定レストランを開き、デンマークの外でマニフェストに沿った料理を実践している。

“食をアップデートする”試みをオープン化

彼らの食に対する探究心は並大抵のものではない。Nomaの手法を海外に持ち込むだけではなく、レゼピ氏とメイヤー氏は外部と知識を共有し、深め合う取り組みも行なっている。

二人は2008年に「Nordic Food Lab」をNomaの近くにあるボートハウスに設立。同組織は「非営利型オープンソースプロジェクト」を実行する目的で立ち上がった。北欧の知られざる食材や味を発掘すべく実験を重ね、得られた知見はSNSやブログを通して発信することを目的に設立された“実験室”だ。

2011年にはレゼピ氏が「社会的良心と好奇心、変化への貪欲さ」を備えた食のコミュニティー「MAD Food Organization」を創立。食の未来をテーマにしたシンポジウム「MAD Symposium」を主催している。シェフから科学者、アーティストが集まり、語り合う様子は、TEDとSXSWのマッシュアップと形容されるほど多様性に富む。

MAD Food Organizationは先日、食材を探すための無料アプリ「VILD MAD」もリリースしている。VILDMADは「自然の(野生の)食べ物」を意味するデンマーク語。

その名の通りデンマークで採集できる自然の食材を検索できるアプリだ。採集時期や方法に加え、レゼピ氏自身が考案したレシピもアプリから自由に閲覧することが可能。これまでNomaが蓄えてきた現地の食材に関する知識が存分に活かされている。

Nomaは世界に認められるレストランでありながら、自らのマニフェストや料理にまつわる知識を積極的に公開してきた。ソースコードを誰もが自由に利用できるオープンソースのソフトウェアのように、Nomaを形作る情報を惜しみなくシェアする姿勢。Nomaはレストランであると同時に、食のオープンソースプロジェクトといえるのかもしれない。

オープンソースが食文化をアップデートする?

Nomaによる食のオープンソース化は、デンマークから新たな食文化を創造するための土壌を育んできた。従来の枠に捉われない味や料理を追求するコミュニティは、食に携わる既存のプレイヤーや新規参入者を惹きつけ、北欧料理を発展させる推進力となるだろう。

昨年末、Nomaは12年間慣れ親しんだコペンハーゲンから、レストランを移転すると発表した。食物を自給しやすい環境で、季節ごとに形態の異なるレストランを実現したいのだという。

常に変化を続けるNomaは、今後も新たな食の手がかりをコミュニティに還元しながら、成長を遂げていくはずだ。

新たな挑戦から得られた知見を公にすることで、同じ理想を追求するコミュニティが形成される。Nomaのように特定の領域でイノベーションを生むためには、個人にも企業にも、学びをオープン化して深め合う場作りが求められるのかもしれない。

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