世界からある日、「ルール」が消えたらどうなるだろう。色んな楔から解き放たれて、もっと人は自由になるのだろうか。

そんなことを考えてみても、意味はない。現代で、人はかつてないほど「ルール」や「契約」「法律」に縛られて生きている。自覚しているか、無自覚かはともかく。

「ルールは守らなければならない」、そう言われて私たちは育つ。それゆえ、懸命に守ろうとする。だが、本当は解釈にグラデーションがあり、ハックが可能だとしたらどうだろう。そこに、新たなイノベーションが生まれる余地があるかもしれない。

2月に初の単著『法のデザイン—創造性とイノベーションは法によって加速する』を上梓した、法律家/弁護士の水野祐氏は「そこにあるルールを自覚し、ルールを上手に使いこなせないかを考えることで、自分が見ている景色やその先にある社会を変えていける」と語る。

クリエイターやビジネスパーソン問わず、社会に新しい価値を提示し、実装しようとする人々に対して、弁護士という立場から様々なサポートを行っている水野氏から、法律や契約、ルールとの向き合い方について聞いた。

水野 祐

弁護士(シティライツ法律事務所)。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(リーガルデザイン・ラボ)。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート)、『クリエイターのための渡世術』(ワークスコーポレーション、共著)、『オープンデザイン参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン、共同翻訳・執筆)、『デジタルで変わる宣伝広告の基礎』(宣伝会議、共著)、『秩序なき時代の知性』(ポプラ新書、佐藤優との対談)、『これからの僕らの働き方』(早川書房、インタビュー)などがある。
Twitter : @TasukuMizuno 

世の中の仕組みを変えるために身の回りの「契約」を自覚する

電車に乗る時も、コンビニでモノを買う時も、私たちは日常生活の中で様々な契約を結んでいる。水野氏によれば、情報化社会となった現代は「契約」の数も増え、複雑化しているという。

例えば、LINEで誰かにメッセージを送る時も、Twitterに投稿する時も、サービスの利用規約に同意した上で、そのサービスを利用している。たとえ、ユーザーにはその気がなかったとしても。LINEでメッセージを送る時やTwitterに投稿する時に、利用規約のことを思い出す人は少ないはずだ。

「今自分が従っている/従わされているルールを一度意識的に捉え直してみる」、そうすることが世の中の仕組みを変えていく上で重要だと、水野氏は語る。

水野「普段、自分が従っているルールを認識すること、与えられたルールの枠組みから少し出てみること、違うルールで運用してみること、今あるルールを規定のものと捉えずに、主体的にルールづくりに関わっていくことが大切です」

水野氏が理事を務めるクリエイティブ・コモンズ・ジャパンが管理するライセンス「クリエイティブ・コモンズ」の思想も、これに近い。クリエイティブ・コモンズは国が決めた著作権などの法律に従うのではなく、法律とは異なるルールで著作物を扱うことをサポートする仕組みだ。クリエイティブ・コモンズのライセンスを活用すれば、コンテンツの作成者が他人に作品の使用を許可する意思表示ができる。

言うなれば、クリエイティブ・コモンズは当人間同士による契約。こうした契約は、実は日常生活の至る場面で目撃される。

水野「自覚していないだけで、私たちは様々な契約を行い、ルールを作ったり、それに従いながら生活しています。例えば、家族で家事の分担を決めることも、ルールメイキングのひとつです。家族、友人、会社などの、どんな集団の中にも独自のルール、約束事がきっとあるはず。どうすれば相手との関係性をより良いものにできるのか、そう考えながら、人々は主体的にルールに手を加えているんです。法律について考えることも、実はそういうルールづくりの延長線上にあります」

自らのビジョンを実現するために、「ルール」を柔軟に解釈していく

世の中のルールや契約を自覚すれば、より上手に使いこなす可能性にも気づけるはずだ。

たとえば、企業が新しい事業を立ち上げようとするケース。企業が新しいビジネスを始めようとした時に、その事業が新しければ新しいほど、法律に直接的には書いていないグレーゾーンに触れてしまうことがある。こうしたケースは、社会の変化やニーズに法が対応できておらず、現実社会と法の間に乖離が発生しているときに起こる。

法律に原則として現実社会の後追いになる性質があることは「法の遅れ」と呼ばれる。「法の遅れ」は現実と法律の乖離であり、そのままグレーゾーンにつながっている。そんな時は、現実社会と法の隙間に広がっているグレーゾーンを柔軟に解釈する必要が出てくるだろう。

時として、企業がこれまでにない新しい事業を行おうとすると、法律のグレーゾーンを進むことが必要になるケースがある。だが、ただ単にグレーゾーンを攻めればいいわけではない。グレーゾーンを進む際には、企業は自らの事業の正当性や社会的意義を、プレゼンテーションできなければならない。「自分たちは未来をより良くするために新しいことに挑戦しているのだ」と。

たとえば、UberやAirbnbなどのアメリカ発のスタートアップは、目指したい社会や自社がそのために成すべきことをビジョンとして語り、事業の正当性を裏付けるために法律家がロジックを組んでいる。ロジックを持ちながら、ロビイングを通じて政府に働きかけることで、法律を変えようと試みている。

水野「UberやAirbnb、Googleのような企業は、自社の事業が社会にどのような価値をもたらすのかを戦略的に発信できています。事業の社会的意義を発信することで、彼らのビジョンは人々に支持され、法律を変えていける可能性が出てきます」

法律の余白を活用するヒントとして、水野氏はサッカー日本代表監督のハリルホジッチ監督と、イングランドのサッカーチームであるアーセナルFCのアーセン・ベンゲル監督の対談を紹介する。

「日本人にはずる賢さが足りない。サッカーの試合において、大げさに転ぶことでPKを貰えれば、試合を自分のチームに有利に運ぶことができるのに、日本人はそれをやらない。与えられたルールを自分たちに都合がいいように引っ張ることは、”知性の証明”だ。ルールの中で最大限できることに挑戦しなければ、サッカーというスポーツ自体が進化していかない」

水野「ルールを最大限活用することや、ルールの隙を見つけることで、そのスポーツが洗練されたり、より面白くなっていく。オフサイドのルールがないサッカーよりも、オフサイドがあるサッカーのほうが明らかに見ていて面白い。社会においても、社会を進化させていくためには、既存のルールの余白を見つけ、それを最大限活用しようと試みることで、ルールをアップデートしていくことが大切なのかもしれません。UberやAirbnb、Googleなどはそんな姿勢でルールに挑んでいるようにも感じられます」

ボトムアップで大きなルールにアプローチする

ルールに働きかけていこうとする動きが広まると、大きなルールを変えられる可能性も出てくる。水野氏は、『法のデザイン』の中で「個人間の契約の集積が国民の共通意識となり、法律に反映されていく」とし、法律は個人の意識次第で、ボトムアップ的に変えていけるもので、そのようなことがより可能な時代であると語る。

個人と国家の間のルールである法律でさえも、個人から始まった働きかけによって変えられるかもしれない。そのためには、「自分の行動次第で、法律だって今日この場所から変えられる」という想像力を持つことが求められる。

水野「例えば、あるグループの中で形成された独自のルールが優れたものであれば、そのルールを別の場所で使うメンバーが出てくるかもしれません。このような連鎖の中で、ルールがより多くの人に使われるようになり、最終的には地域、国家レベルで浸透することで、そのルールが法律に反映されていく。このようにボトムアップ的に法律が決まっていくこともあるわけです。そのためには、今日この場所から法律を変えられるかもしれないという想像力を市民の皆が持ち、主体的にルールメイキングに関わっていくことが求められます。インターネットが普及し、市民の意見が可視化されやすくなっているので、このようなボトムアップ的なルールメイキングの可能性がより追求しやすい時代になっていると思います」

トップダウンではなく、ボトムアップで変えていこうとする動きは、企業の現場でも求められる。歴史の長い企業ほど、過去の成功体験によって組織が硬直化し、ルール偏重になってしまうケースがある。こうしたときにも、ルールを自覚し、ボトムアップで変えていこうとする動きがイノベーションにつながる。

「規制」が創造性やイノベーションを促進する

「規制」についても水野氏は言及する。規制はネガティブに捉えられやすいが、規制を定めることで創造性やイノベーションが促進される場面も存在するという。

水野「ルールが定まることで、コンプライアンスを重視する大手企業が参入しやすくなり、その市場への投資が増え、ビジネスが活発になることがあります。2015年にドローン規制のための航空法が制定されることで、ドローン市場が活性化したという指摘もあります」

規制を考える際に水野氏が注目しているのが「バイ・デザイン」や「共同規制」の考え方だ。共同規制とは、企業や業界団体が行う「自主規制」に対して、政府が一定の介入や補強を行うことで、共同で問題を解決していく考え方を指す。この考え方は、EUを中心に発展しており、規制政策などが行われている。

共同規制を推進するEUと、規制を緩くしておくことでUberやAirbnbを生んだアメリカを対比しつつ、その違いを次のように指摘する。

水野「アメリカのスタートアップは、古い法律を自分たちが変えることで、社会をより良い方向に導いていくというマインドセットを持っています。一方で、EUはトップダウン的な発想でルールメイキングを行っていますが、そこに余白を残す設計をすることで、トップダウンでもなく、ボトムアップでもない第三の道を模索しているように思えます」

考え方が異なる源流を探っていくと、アメリカは裁判所での判例を積み重ねて、具体的な事件に適用していく「英米法系」なことに対し、EUは明文化を行う「大陸法系」であることが挙げられる。日本は大陸法の影響を受けており、共同規制の導入が検討されている。日本がどのような思想でルールメイキングを行っていくべきなのかは、今後考えていくべきテーマの一つだろう。

「リーガルデザインマインド」を持つことが社会を前進させる

水野「社会のルールを意識的に捉え、ルールは時代とともに変わっていくべきと考える。そして、ルールを自覚し、ルールを主体的に変えていけるという認識を持つことを『リーガルデザインマインド』として提唱しました。このマインドを身につけることで、私たちは自分たちのビジネスや社会をより良い方向に導けると考えています」

水野氏が提唱する「リーガルデザインマインド」は、ルールに自覚的になることから始まる。ルールを自覚することで、そのルールを上手く活用する方法を考え、ボトムアップにルールを変えていくアプローチに挑戦できる。

ルールを活用したり、変えていこうとする際、規制は必ずしも新たな活動を阻害するものではない。規制やルールが社会を前に進める可能性も存在する。

私たちの身の回りには様々な契約、ルールが存在する。社会の変化に合わせ、ルールも至るところで変化しようとしている。働き方改革の動きによって企業での就業規則も姿を変えようとし、パートナーとの関係においても事実婚のような当事者間の契約や同性パートナーシップ条例のような新たなルールが生まれてきている。

世の中の様々な関係が大きく変わり始めている。「リーガルデザインマインド」を持つことは、これからの社会で生きていく上で欠かせない。

水野氏は『法のデザイン』のあとがきにて、次のように記している。

「弁護士がクライアントの声を裁判所や社会に対して『翻訳』する際に、複雑さや豊かさを削ぎ落としてしまうケースがある」

取材の最後に、複雑なものを複雑なまま伝えるために水野氏が大切にしていることを尋ねてみると、「美学というか、自分がこうあってほしいという理想を諦めないことですかね」と答えてくれた。そのように理想を諦めないためには、自分が関心のある分野の案件に関わっていることも大切になるという。

水野「自分の好奇心に従って新しい領域を発見し、足を運んで、そこで出会った魅力的な人たちと交流していく中で、法律相談も出てくる。そんな仕事の生まれ方だからこそ、弁護士という受託の仕事の中でも、最大限自分がやりたいことを実現できているのかもしれません」

Photographer: Kazuya Sasaka